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新しい記事を書く事で広告が消せます。 足首が細い女は締まりがいい。
そんなものずっとあてにならない俗説だと思っていた。だが、元ソープ嬢でうちの従業員でもあるミルクさんによると足首と締まりにはあんがい深い関係性があるのだそうだ。
「だってほら、女って、いったとき足首をグウっと反らせるでしょ?」
そのとき収縮するのはふくらはぎと肛門周辺の括約筋。つまり両者の筋肉は連動している。ふくらはぎの筋肉がしなやかな女は足首も細く、連動した括約筋も発達している。よって足首の細い女は締まりがいい、ということになるらしい。
こんな話を思い出したのにはもちろん理由がある。
オレの名は鳴海次郎。羽田裏で「夜泣き屋」という屋号の性玩具製造工場を営んでいる。そう。性玩具。従業員三人だけの零細企業だが、この仕事を始めて十三年、バイブレーターやローターを中心としたさまざまな大人のおもちゃを作り続けてきた。
だが、ゆるい女のための道具を作ったことはまだない。いや、正直いってゆるい女のことなどまじめに考えたことすらなかった。
あれはとある自動車メーカーが主催する新車試乗会に出向いたときのことだ。
「社長、いまから我が家で呑みませんか」
試乗を終えたオレに多田くんがいった。多田くんは一年ほどまえからオレの工場に出入りしているこの自動車メーカーの営業マンだ。人は悪くない。だがいささか強引なところがある。いきなり一般家庭に招待されたおもちゃ屋特有の気後れも、あまりピンとこないようだ。
「お気遣いは無用です。妻には社長の仕事のことは話してません。工作機械のエンジニアの方だと話してありますから。一度社長を妻の手料理で接待したいと思ってたんです。さあ、乗ってください」
ためらうオレをむりやり自家用車の助手席に押し込み、自宅マンションにむかった。
「いつも主人がお世話になっております。妻のまゆ子です」
玄関にあらわれた多田くんの奥さんは知的な感じのじつに美しい女だった。歳は多田くんより三つ年下の二十八才。顔が小さく色が白い。厚めの唇が微妙にいやらしく、メガネの奥の切れ長の目が綺麗だった。
こうなったら知的な奥さんがびっしょりと濡らしてのけぞるようなおもちゃを考案しながら呑むことにしよう。さきほどとは一転、おもちゃ屋特有の好奇心をもっこりさせて席に着いたのだが、いざ酒宴が始まるとみるみるオレは萎えた。
なんでもこの夫婦は学生時代、環境保護のボランティアを通じて知り合ったらしく、やれCO2削減がどうしたこうした、海面上昇がどうのこうのと、持ち出す話題にいちいちエコマークがついているのだ。自分の亭主を「多田くん」と君付けで呼ぶまゆ子さんの口調もなんだか空々しかった。
いったい多田くんはなにを考えてオレを呼んだのだろう。オレの作るおもちゃは製品の性格上、リサイクルはできないし、クリトリスの反応に神経をつかうことはあっても、地球への影響はほとんど考慮しない。わかるだろう? オレはエロにはくわしいがエコにはうとい人間なのだ。
にもかかわらず二人の話題は「地球温暖化に関するバタフライ効果」とか「環境タックス」とかいうさらにわけのわかんない問題に移行してゆき、いよいよ呑むしかなくなったオレはいつの間にかソファの上で深い眠りに落ちていたのだった。
翌朝目覚めるとすでに多田くんは出社したあとだった。
「ハーブティー淹れてみました。ペパーミントは胃にとてもいいんです。さ、どうぞ。呑んだ翌朝にはぴったりですよ」
ドア口にたったまゆ子さんがいった。白地にオレンジ色のハイビスカスが染め抜かれたワンピースが目に眩しい。いや、服だけではない。声も表情も昨夜よりずっと明るかった。
さっそくテーブルについたオレは彼女から無添加天然酵母パンや軽井沢のなんとか屋のブルーベリージャムや宮崎地鶏が産んだ卵のレクチャーを受けながら遅い朝食をご馳走になった。料理はどれもとても美味しかった。
「お仕事の時間、大丈夫ですか?」
「自営業だから適当です。いやあ、ハーブティーってほんと口の中がすっきりしますね」
話が仕事の内容に及ぶのを警戒して話題をそらすと、まゆ子さんがすかさず、おかわりどうぞ、とティーサーバーに残ったティーをオレのカップに注ぎ、ちょっとあらたまったようにいった。
「わたし、じつは社長さんにご相談したいことがあったんです」
「……なんでしょう」
「膣圧って強化できるものなんでしょうか」
昨夜わけのわからない環境用語を聞き過ぎたせいかもしれない。オレはチツアツと発音されたその言葉がとっさに膣圧と結びつかず、
「チツアツ?」
と聞き返した。
「ええ。俗にいう締まりです」
彼女ははっきりとそう答えた。
オレはふたたびカップを口に運んだ。
そして、むせた。
じつは彼女も平静をよそおっていただけなのだろう。あわててダスターをとった手が震えていた。みると額にうっすら汗も噴き出している。変なこといってすみません、とあわててテーブルを拭きながら、多田からよく社長さんの話を聞かされていたものですから、といいわけした。
多田くんから? なにを? 当惑してオレはいった。
「特殊なグッズを作ってらっしゃる方だと、『夜泣き屋』というその業界では第一人者の方だって……」
なんてことだ。やっぱり多田くんは彼女にオレの仕事のことを話してたのだ。あの野郎、オレをはめやがったな、と舌打ちしかけてふと思った。でも、なんであいつがオレをはめる必要があるのだろう。
「わたし、以前彼から指摘されたことがあるんです」
まゆ子さんはそういうと口をつぐみ、手にしたダスターに視線を落とした。
「なにを指摘されたんです」
「ゆるい、と。子供を産んでから、わたしがゆるくなったと」
彼女はチラリとオレをみて重い口を開いた。
妻の出産後、夫がゆるいといいだす。ありがちな話だ。
まゆ子さんが出産したのは一年まえ、多田くんと結婚して三年後のことだった。
しかし、生まれたその日に子供は亡くなり、それから夫婦関係がおかしくなったらしい。多田くんから、ゆるい、と宣告されてからは肉体関係はおろか会話さえも途絶えがちになって、共通の話題といったら地球のことしかなくなってしまったというのである。
「……理不尽なことですが、とにかくゆるんだものを締めなおさないと……このままじゃ、わたしたちダメになってしまう気がして……」
視線を落としたまま、なんとかならないでしょうか、と彼女はいった。
環境問題と違い女性器問題にかんしてならオレにだって考えがある。そのまえに確認しておきたいことがあるんですが、とオレはいった。
「奥さんは自分の身体が、多田くんがいうようにゆるくなったと、本当にそう思ってるんですか」
「どういうことでしょうか」
「妊娠中はたいがい一定期間夫婦生活が途絶えますよね。その期間に悶々とした多田くんが頭の中で奥さんの膣圧を理想的なものに作りかえてしまった。それで出産後、ひさびさに挿入したとき違和感を感じた。つまり、彼の思い込みです。そういう可能性だってないとは限りません。いずれにしても膣圧なんてものはなかなか主観的に判定できるもんじゃない。あくまで相対的なものですから」
ソータイテキ? とかすかに眉をひそめてまゆ子さんはいった。
だって考えてもみてください、といくぶん得意になってオレは続けた。
「仮に平均的締まりというものがあったとします。対して巨根の男がいたとする。当然巨根の男はきつく感じる。しかし短小の男ならゆるく感じる。ようは組み合わせです。しかも女性の体液の量が豊富だったり少なかったり、行為中だって刺激の受け方によって膣の形状は刻々と変わります」
「でも社長さん、多田はわたしが体験した中ではとても大きい方なんです」
ほう、といったオレの余裕に翳りがみえてきたのはこのときだった。
「新婚当時、おもしろがってメジャーで計ったことがあります」
彼女が口にしたサイズはボクサーでいえば明らかにミドル級を超えていた。つまりヘビー級クラス、といっていいと思う。
たしかにそれは立派ですね、かろうじてそう答えたものの頭の中では派手な音をたててテンカウントゴングが鳴り響いていた。
「ということはやっぱりわたし本格的にゆるいんだわ。大きな彼ですらゆるいんだもの。彼より小さな男性にとってはもうブカブカなんだわ。ね、そういうことになりますよね」
しかし、まあ、日によっても色々違いますし、とオレの膣圧相対性理論がボロボロに崩れ始めると、まゆ子さんは手にしたダスターをテーブルに置いて、だったら夜泣き屋さん、と屋号でオレを呼んだ。
「いまから夜泣き屋さんが確かめてみてくださいませんか?」
膣圧を、ですか、唖然としてオレがいうと、まゆ子さんはじっとオレの目をみたまま、はっきりとうなずいていった。
「プロならわかるでしょ」
「いや、しかし、あの、奥さんは多田くんとの関係を修復したいんでしょう? それなのに多田くんを裏切ってしまっていいんですか?」
このときオレがこのような常識的見解を口走ってしまったのには理由がある。すでにヘビー級で試したゆるさをストロー級のオレに確認できるはずがない。オレの理論にしたがえばそれはゆるさの確認ではなく、オレの小ささを証明するのと同じことになってしまう。
「ですから触診でお願いします」
オレの複雑な胸中を見透かしたようにまゆ子さんはいった。
「指なら裏切ったことにはなりません。指で確かめてください」
まゆ子さんはそういってオレの腕を取った。いったいどういう理屈でそういうことになるのかさっぱりわからなかったが、気がつくとオレはまゆ子さんとともにダイニングからリビングルームへと移動し、ソファのまえで佇んでいた。
ソファの脇にたったまゆ子さんがワンピースの裾をたくし上げ小さく薄い生地の下着をくるくると下ろした。その下着をそっと手のひらに隠し、素早くクッションの隙間に滑り込ませた。その仕草がオレにふわりとした欲情を呼び覚ました。まゆ子さんがワンピースをたくし上げたままソファに腰を沈める。上半身を後ろに倒しながら心持ち脚を開いた。この時点でオレはもう彼女が知人の奥さんであることなどすっかり忘れ、床にしゃがみこんでまゆ子さんを凝視していた。
下腹からふとももにかけて白い朝日が差し込んでいる。体毛が薄い体質なのか、ウェイブした細い陰毛が精緻な銅版画のようにつつましく恥丘に寄り集まっていた。たっぷりと盛り上がった白くて柔らかそうな肉が、性器の筋をはさんでいる。
「始めてください」
そういってまゆ子さんは尻をまえにずらし、さらに脚を開いた。と同時に性器の筋が割れて、蛇腹のように畳まれていたピンク色のひだも開いた。綺麗だ、思わずオレが感嘆すると、まゆ子さんはパーっと顔を赤くし、早く、早く始めてください、と上ずった声をあげた。
「失礼します」
と断わり、オレは手を伸ばし、中指をそっとひだに当てた。が、みずみずしい色をしたそこはうそみたいに乾いている。なぜだろう。たいがいの女はこんなふうに恥ずかしい目にあうといくらかでも愛液を分泌させるものだ。被虐嗜好の強い女ならみられただけでひたひたに座席を濡らしクリトリスを勃起させる。
「全然濡れてません。濡らしていいですか」
オレは事務的にいった。こういうときは事務的に対応したほうが作業がスムーズにすすむ。クリトリスフードからは乳白色のクリトリスが薄目をあけてオレをみていた。まゆ子さんから返事がないのでオレは、始めます、と一方的に告げてフードの上にそっと指を置き、それを小刻みに揺らした。
フードの中にトコロテンのようなくにゃくにゃしたクリトリスの感触がある。それを小刻みに揉みほぐしているうち、はっ、とまゆ子さんから声にならない声がもれ、トコロテンくらいだった感触が硬くなり、枝豆ほどの大きさまでふくれてくると、次第にひだの縁に愛液が滲みだした。
「入れてください」
とまゆ子さんが押し殺した声でいった。充分といえる潤いではなかったが、慎重に中指と薬指をすべり込ませた。
「さ、力んでみてください。締めて」
くっと息を詰めてまゆ子さんが尻を浮かした。まゆ子さんに埋まった二本の指に挟み込むような圧がかかった。
「力を抜いて。もう一度」
さらに二度、三度とまゆ子さんが息を詰める。
けっこうです、さあ、息を吐いて、オレの声とともにまゆ子さんの身体から緊張がほぐれてゆく。それに合わせてそっと指を抜くと、まゆ子さんはあわてて上体を起こし愛液で濡れたオレの指をワンピースの裾で拭った。そして、うつむいていった。
「いかがでした?」
「とくに弛緩しているとは思えません」
「いいんです。正直におっしゃってください」
「本当です。悩むほどの状態じゃありませんよ」
「だったらなぜ多田はゆるいなんていうんです!」
まゆ子さんはピシャリといってたち上がると部屋の中を歩き回りながら、わたし、いまよりもきつくしたいんです、きつくならないとダメなんです、そうしないと自信が持てないんです、とくりかえした。
そのことでまゆ子さんが傷ついているのはわかる。しかし、この深刻さは過剰だ。申しわけないが少々滑稽でもあった。
「夜泣き屋さんの工場ではきつくする道具とか、そういうものは作ってないんですか」
「わたしは作ってませんが、確か取引先のおもちゃ問屋でそういう製品を扱っているはずです。なにかメモするものはありますか?」
結局オレはまゆ子さんに取引先のホームページを紹介して部屋を出たのだが、エレベーターに乗り込むと次第に自分で自分の行儀のよさに腹がたってきた。
いったいオレはあの部屋でなにをしていたんだろう。なぜオレは彼女を全裸にしてもっともっと恥ずかしいめにあわせてやらなかったのだ。もしかしたら彼女だってそれを望んでいたのかもしれないじゃないか。
後悔と劣情が怒涛のように押し寄せ、痛いくらいにペニスを勃起させているとエレベーターのドアが開いた。と、そこで男がオレを待ち構えていた。そして、驚いたことにその男もオレと同様の不満を抱えていた。
「なんでのこのこ帰ってきたんです! なぜ妻を抱かなかったんですか!」
多田くんはそういってオレをエレベーターから引きずりだした。
数分後、オレはマンションから少し離れた駐車場にたっていた。そこで多田くんから説明を受けたのだが、いくら聞いても自分の立場がうまく理解できない。
そもそもオレが昨夜多田家に招待されたのはまゆ子さんのリクエストがあったかららしい。
「妻が取引先と呑みたいなんていいだしたのは初めてのことだったんです。ああいう生真面目なやつですから、もちろんあからさまにはいわなかったけど、彼女は性玩具をあつかっている社長に興味津々だったはずなんです。それなのに指だけで済ますとは何事ですか。仮にもあなた『夜泣き屋』の社長でしょう!」
わからない。いったいなぜオレはこの男に叱られているのだろう。
「指だけって、あの、多田くん、なんで指だけだったってわかるの?」
「盗聴していましたから」
リビングとダイニングと寝室、あのマンションのすべての部屋のコンセントに盗聴器を仕込み、ここに停めた営業車の中でモニターしていたんです。多田くんからヌケヌケとそういわれてオレはますますわけがわからなくなった。
「多田くん、ちょっと聞いていいかな」
「なんです」
「なぜ盗聴なんかしてたの」
オレが聞くと多田くんはうつむき、それが自分でもよくわからないのです、といって営業車のドアミラーに手を伸ばし、それを撫でながら続けた。
「彼女が他の男に抱かれてあられもない声をあげる。わたしにはみせたこともない痴態をあらわにする。そんなこと絶対あってはならない。あって欲しくない。しかし、そう願えば願うほど想像してしまうのです。そしてそういう場面を想像すればするほど、わたし、興奮してしまうんです」
「あのね、多田くん」
「はい」
「奥さんもそうだけど、君たち夫婦はなにかものすごくピント外れな方向に努力してやいないか」
「そう思いますか?」
「そもそも君はなんで彼女にゆるいなんていったの? ちっともゆるくないじゃないか」
多田くんは黙った。大声でわめきちらすまえの予兆のような沈黙だった。しかし、じっさいに口をついた言葉は拍子抜けするくらいに小さかった。
「じつは問題は妻ではなく、わたしのほうにあるんです」
「君に?」
多田くんはうなずいて、男性的機能の問題、と婉曲な言い方で説明したが、ようするにまゆ子さんの出産にたち会ったのが原因でインポになってしまったというのだ。
むかし取引先の通販会社の社長から「歯のついたヴァギナ伝説」の話を聞いたことがあるが、やはり男にはそういう女性器に対する恐怖心が潜在しているのだろうか。多田くんは挿入しようとすると、お産の際に目にした光景がよみがえり萎えるようになったらしい。その後も症状はどんどん重くなり、混乱のあまりまゆ子さんにむかって、君がゆるくなったせいだ、と口走ってしまったのだという。
「原因は心因性なんです」
というわけでバイアグラも役にたたないらしい。
「そういう悩みならセラピストとかに相談したほうがいいんじゃないか。それにいくらオレが迫ったって彼女のほうには全然その気がないわけだから」
「だからその気にさせるんです。さいわい彼女はきつくしたがっている。社長がきつくする道具を作ってください。それを使って社長みずからマン・ツ・ーマンで彼女に指導してやってください。一緒に努力しているうち彼女だってきっとその気になる」
「あのね、マン・ツー・マンって、多田くん、オレはトレーニング用品を作っているわけでもないし、スポーツトレーナーでもないわけだから」
「社長が妻を抱いてくれたら、ぼくはきっと治る。絶対勃つんだ!」
「そうかもしれない。しれないがオレには荷が重いよ」
いまさらなにを言ってるんだ、多田くんは吐き棄てるようにいうと、オレの右手の指をわし摑んで怒鳴った。
「人の女房に指まで入れといて、荷が重いもへったくれもあるか!」
なにか根本的に大きく間違っている気がしたが、いい返せなかった。
オレは駅にむかう道すがら右手の中指と人差し指をながめながら考えた。
女をきつくする道具。それをなんと呼べばいいのだろう。
膣圧強化用品、か。
多田くんにはああいったものの、もちろんまゆ子さんを抱きたくないわけではない。いや、本当のことをいうとものすごくやりたい。いまだってこの指をみてるだけで、さっきの感触を思い出しペニスが硬くなり始めている。いや、ちょっと待て。もしまゆ子さんの膣圧が「膣圧強化用品」によっていまよりもっともっときつくなった場合、この指一本程度のサイズでも、そうだ、むしろヘビー級よりストロー級のオレのほうが対戦相手としてはぴったりなのではあるまいか。そう思ったらペニスのやつがますます張り切ってきた。
しかたがない。作るだけ作ってみるか。
結局オレは相当ピントの外れた夢をみながら「膣圧強化用品」をむりやり夜泣き屋の新企画商品のひとつと位置づけ、その日から、従業員のミルクさんのアドバイスを受けながら試作品作りに着手したのだった。
そして、一週間後、試作品を手にふたたび多田くんのマンションを訪ねた。
試作品の形状はいたってシンプルだった。
ゴルフボール大のシリコンボール二つをひょうたん状につなげたもので、一方のシリコンボールの下からは四十センチほどのテグスが伸びている。テグスの先には二リットルのペットボトルが結んであり、中に五百ミリリットルの水が入っている。
「構造をみればだいたいおわかりかとは思いますが」
オレはまゆ子さんに、そう前置きしてトレーニングのやり方を説明した。
「まず奥さんの股下にペットボトルを置き、それから中腰になってひょうたんの一方を膣内に挿入します。そして膣圧でひょうたんを締めつけたままたち上がり、つまり膣圧でテグスを引っ張ってペットボトルを持ち上げる。ヒンズースクワットの要領でそれをくりかえす。ボトルに入れる水の容量は五百ミリから始めますが最終的には二リットル、つまり二キロを目指してがんばりましょう。もし、それを達成することができたら、すごい名器になることがすでに実証されています」
「どなたかもうお試しになったんですか」
「ええ。従業員の一人にむかしソープに勤めていた女性がいるんです。彼女が現役時代実践していた方法に、わたしが改良を加えてみました」
従業員のミルクさんは、現役の間、朝晩欠かさずその鍛錬をくりかえし、やがて常連客たちから「とぐろ締めのミルク」と呼ばれるに至ったらしい。
「とぐろ締めって、どんな感じがするもんなんですか」
「経験がないので具体的にはいえませんが……通常男が女性に対して蛇やタコ、ミミズとかイソギンチャクといった形容をした場合、それは最大級の賛辞といって差しつかえないと思います」
蛇かタコ、まゆ子さんはそう呟くと試作品をソファテーブルに置き、よろしくお願いします、と丁寧に頭を下げた。
前回すでに膣圧検診を済ましていたせいか、まゆ子さんに躊躇はなかった。手早く下着を下ろしオレのまえにたって脚を開いた。
「夜泣き屋さん、すみません。この間のようにしていただけますか」
オレがクリトリスを揉んでほぐすと、この間よりずっと早く、そしてたっぷりと愛液が滲み出した。
「腰を落として」
まゆ子さんがややがに股になって腰を落とす。オレはその真下にペットボトルを置き、まゆ子さんにシリコンボールを滑りこませた。シリコンボールとペットボトルを結ぶテグスにはまだ弱冠の余裕がある。
「はい、息を詰めて」
まゆ子さんは中腰の格好で息を詰め、締めて、というオレの掛け声とともに尻とふとももの筋肉を緊張させた。
「そのままたち上がって。締めながらボトルを引っ張りあげるんです」
尻の上昇とともにボトルと股間をつないだテグスがピンと張った。だが、ボトルはわずかな浮上と着地をくりかえすだけで、なかなか上がってゆかない。まゆ子さんが、むむむ、と顔を真っ赤にしてさらに息む。きっと股間の感覚が心もとないのだろう。首を捏ねながら、すべる、すべる、と叫んだ。
「さあ、ギュッと思い切り!」
気合とともにまゆ子さんが腰を浮かすと、ボトルがゆっくりと床を離れ始めた。
「はい、そのまま! キープ、キープ。もう少しキープして!」
まゆ子さんは激しく首を振って、だめだめだめ、と叫んだ。間もなく、ボトルに続いてシリコンボールが落下し、床に透明な愛液がしぶいた。
まゆ子さんは肩で息をしながらそれをみつめた。そして身体から芯が抜けたみたいな空虚な声でいった。
五百グラムのきつさもないんですね、わたし。
「単純な筋力の問題だけではありません。きっとコツがあるんです。今日はとりあえず連続五回持ち上げられるまでやってみましょう」
まゆ子さんはうなずいて額の汗を拭った。
そして床のシリコンボールを拾うと、それを差し出し、脚をガニ股にしてオレにいった。
「入れてください」
トレーニングは週に二日、火曜と金曜の夕方に行われた。
使い慣れない筋肉を急激に酷使したまゆ子さんは、最初の一週間、尻やうちももに激しい筋肉痛をうったえ歩くことさえままならなかった。それでも彼女は弱音を吐かなかった。トレーニング以外の日もオレが指示したメニューをきっちりとこなし、開始から五日目に五百グラムを、十日後には八百グラム、二週間後には一キロ、三週間後にはなんと一、五キロをクリアした。
マン・ツー・マンでトレーニングしているうち女房もその気になる。
あのとき多田くんはいったが、まゆ子さんからそんな気配を感じることはまったくなかった。彼女はただきつくすることに必死だった。
もちろん彼女を間近でサポートすることになったオレはオレで必死だった。まゆ子さんのクリトリスが勃起するのを感じるとき、テグスを伝って愛液がしたたり落ちるとき、体勢を崩して床に倒れこんだ彼女の美しい性器を背後からみたとき、激しく欲情した。その欲情を抑えるのにオレは必死だった。
それにしてもこのときオレを自制させていたものとはいったいなんだったのだろう。
あれはトレーニングを始めてひと月後、まゆ子さんの生理休暇を挟んで、オレが一週間振りに部屋を訪ねたときのことだ。彼女は珍しくはしゃいでオレにいった。
「すごい、すごい、夜泣き屋さん、わたし、このトレーニングのおかげで体質が変わったのかもしれない」
ずっと悩まされていた生理中の倦怠感や腹痛、貧血、めまいなどが今回ほとんど消えてしまい、宿痾だった腰痛まですっかりよくなったというのである。
「おそらく毎日踏ん張ってたせいで骨盤の歪みが矯正されたんだと思います。すごく楽なの。ほら、姿勢もよくなったでしょう」
そういってまゆ子さんはモデル歩きでリビングとダイニングを往復した。確かに背筋がピンと通り、手足や首まで長くなったようにみえる。それだけじゃない。もともと白くすべすべだった肌がいっそう潤い、頬に光の点が浮かんでいる。
まゆ子さんはたち止まると澄んだ笑みを浮かべてオレにいった。
「やっぱり夜泣き屋さんを選んだのは間違いじゃなかった」
彼女がなぜオレを選んだのか。その理由はいまもってよくわからない。わからないが、この滑稽かつ切実なトレーニングを続けるうち、オレたちの間に余人には説明しがたい奇妙な信頼関係が芽生えていたのはたしかだった。そして、おそらくオレはこの信頼関係のあつかいに戸惑っていたのだ。信頼を維持するために劣情を抑えつけねばならず、つまりオレはサポート役に徹すれば徹するほど、逆にペニスがカチンカチンになってしまうというかつて体験したことのないジレンマに陥っていたのである。
当たり前だが、そんなオレの様子を盗聴していた多田くんは焦れに焦れていた。
「いったいなにカッコつけてるんですか。さっさと押し倒せばいいでしょう!」
トレーニングの開始当初はマンションまえで待ち伏せしてオレを急かした。
そんな多田くんの様子に変化があらわれたのは、まゆ子さんが一キロをクリアしたあたりからだろうか。次第に口数が減り、やがて連絡が途絶え始め、彼女が一、五キロをクリアしてから数日間はこちらから電話してもまったく反応しなくなった。いまノルマ達成のために死ぬほど忙しい、まゆ子さんにはそうもらしていたというのだが、本当のところはわからない。
オレが多田くんと会ったのは、それからさらに一週間後、まゆ子さんがようやく一、八キロをクリアした翌日のことだった。呼び出された工場近くの公園に行ってみると、久し振りにみた多田くんはすっかりやつれて精気をうしなっていた。
多田くんの用件は意外だった。
「もうトレーニングを中止してください」
なんとオレにまゆ子さんと会うなと釘を刺しにきたのだ。
「社長もご存知の通り、妻はもともとゆるい女などではありません。社長が妻を抱く気がないのなら、このまま訓練を続けるのは無意味です。もう妻には会わないでください」
あまりに勝手な言い草にさすがにオレも声を荒らげた。
「いまさらそれはないだろう。彼女は君のためにがんばってるんだぜ」
「意味ないことにがんばってもしょうがありません」
「その原因を作ったのは君じゃないか。彼女はそのことでいままでたった一人で悩んでたんだ。いまになってオレが突き放したらどうなる。君が見込んだ通りオレも一応この道のプロだ。いったん引き受けた以上、結果を出すまではやめるわけにはいかないな」
そんなことして、と多田くんは口ごもった。そして、唇を震わせながら、
「そんなことしてほんとに結果が出てしまったら、ぼくはどうしたらいいんですか!」
こうに叫ぶと昭和の青春ドラマみたいに夕暮れの工場街を走り去った。
多田くんのマンションから盗聴器が発見され、オレがまゆ子さんから呼びだされたのはそれから二日後の夜だった。
盗聴器をみつけたのはたまたまマンション内の別の部屋の調査にきていた盗聴器発見業者だった。調査の過程で多田家から発信されている不審電波を感知し通報にいたったのだというのだが、しかし、本当にそんな偶然があるのだろうか。もしかしたら多田くん自身がその業者を呼んだのではないか。そう思ったが、それを確認できるような状況ではなかった。
オレがマンションに着くと、リビングの床にワイシャツの胸をはだけた多田くんが胡坐をかいて坐っていて、彼のまわりに三角タップのコンセント型盗聴器が三つと、小型の受信機一台が無造作にころがっていた。受信機は帰宅した多田くんのブリーフケースからまゆ子さんがみつけだしたらしい。まゆ子さんはドア口にたったオレにいった。
「この人はね、わたしが夜泣き屋さんと不倫しようとしている、そう思っていたんです」
いったい多田くんはまゆ子さんにどういいわけしたのだろう。オレも盗聴器の存在を知っていたことを、つまりこの件にかんしてオレもある意味グルだったことまで話してしまったのだろうか。だとしたらそれはまずい。なんだかとてもまずい気がする。
「わたしたちを疑ってたんでしょ。ねえ、そうなんでしょ!」
まゆ子さんは多田くんのワイシャツをつかんで怒鳴った。ワイシャツのボタンがはじけ飛び、多田くんは床で躍るボタンを一瞥してきっぱりといった。
「ちょっと違うね」
「どう違うの!」
よほど悔しいのか、まゆ子さんは目じりに涙を浮かべている。
「ぼくは不倫を疑っていたんじゃない。君に不倫して欲しかったんだよ」
多田くんはあるいは自分で自分を窮地に追い込みたかったのかもしれない。淡々といった。
「ぼく以外の男に抱かれると君がどんな声をあげるのか、どんなに濡れて、どう乱れるのか。それを知りたかった。夫婦ってほら、お互いよそいきなところがあるじゃないか。そういう余計なものをとっぱらったとき、君がどのくらいいやらしい女になるのか確かめたかったんだよ」
「ずっとそう思ってたの」
「ずっとじゃない。一年まえ、君の出産にたち会ってからさ。君が誰かに抱かれるのを想像すると興奮するようになった」
「どうして? なぜ出産してからなの!」
「あれからぼくが勃たなくなったからさ!」
多田くんは狙いすましたようにいい、その勢いでたち上がると、勃起不全から盗聴器設置にいたるまでの経緯をまくしたてた。その告白にはオレがグルであることだけが省かれていた。
ちょっと待って、まゆ子さんは多田くんをさえぎって顔をそむけた。おそらく過去一年の記憶に重大なフリクションを生じたのだろう。人差し指でメガネの位置をわずかに修正していった。
「萎えるのはわたしがゆるいからじゃなかったの」
小さく首を振った多田くんの顔にやりきれない笑みが浮かんだ。
「あれはいいわけだよ」
「いいわけ?」
「勃起不全、つまりインポをごまかすためにいってしまっただけなんだ。君には悪かったと思ってる。でも、どうしてもいえなかった。君が子供を産んだせいでインポになったなんてさ」
まゆ子さんは黙った。そして、枝から熟した果実が落ちるようにいった。
「うそだったの」
オレはもうこの問題から撤退したほうがいい。このときそう思った。これはゆるいだの勃起不全だのといっためちゃくちゃ複雑で、滑稽で、シリアスで、ドロドロした思いがからんだ夫婦間の問題なのだ。オレにできることはもうない。帰ろう。帰ったほうがいい。二人にそうことわろうと口を開きかけると、
「ねえ、夜泣き屋さん」
多田くんに顔をむけたまま、まゆ子さんがいった。
「彼が望む通りやってみせてあげましょうよ」
目の前でしてあげたほうが盗聴なんかするよりずっと効果があるでしょう、といいながらフリーズしたオレにゆっくりと顔をむけて、こう念押しした。
「それともわたしじゃ相手になりませんか」
いまさらいうまでもないことだが、オレはこういう問いかけに即答できるほど腹の据わった男ではなかった。
「多田くん、悪いことはいわない。オレはもう帰るからこの件は夫婦でよく話し合ったほうがいい」
すっかりうろたえていうと、多田くんは不思議な笑みを浮かべてオレにいった。
「ようやく妻もわかってくれた」
「え」
「こうなったら社長、心置きなく妻を抱いていってください」
えええええええ。ちょっと待ってくれ。セックスっていうのはもっとお互いのムラムラがたかまった段階で始めるもんじゃないのか。ましてや亭主の目の前で、しかも夫婦がこんなに緊迫した場面でできるはずないじゃないか、と泣きをいれようとしたのだが、二人ともオレの反応などまったく気にかけてはいなかった。
「でもいい? ひとつだけ条件があるの」
「条件?」
「やるからには絶対に勃たせて」
まゆ子さんは多田くんにそういい残し部屋をでると、すぐ例のシリコンボールとペットボトル、あとストッキングを手に戻ってきて、それを床に置いた。そして、いきなり多田くんのベルトをゆるめたかと思うと一気にスラックスと下着を引きずり下ろした。突如あらわれた多田くんのペニスを目にした瞬間、オレの頭の中でいつかのテンカウントゴングが鳴り響いた。
なんだよ、なにすんだ、おい、と多田くんが抵抗するとまゆ子さんは豹変した。
「ただおっ勃ててもだめなんだよ。このフニャチン野郎!」
そう叫んでシリコンボールからテグスを引きちぎった。そして、テグスにストッキングを結びつけ、それをペニスのカリの部分に巻きつけながら、
「わたしはねえ、あんたのためにアソコでこのボトルを持ち上げたの。ひと月以上もこの夜泣き屋さんとみっともないトレーニングを続けてきたの。だったらあんたも同じ条件で勃たせてもらおうじゃないの!」
といってペニスから手を離した。
まゆ子、と絶句してたち尽くした多田くんのペニスをみてオレは息を呑んだ。
いったいペニスというものはこんなにも伸縮性があるものなのだろうか。飴細工をにゅうっと引き伸ばしたような陰茎の先にストッキングでしばられた亀頭があり、その真下にたっぷりと水をたたえたペットボトルがある。ここからみえるペニスはまるで不自然に間伸びしたビックリマークみたいだ。
「いい? このボトルの重さは一、八キロ。盗聴してたんならわかるでしょ。わたしが三日前クリアした重さよ。このボトルをあなたの勃起力で床から持ち上げてみせてよ。もし、持ち上げられなかったら、わたし、離婚するから」
「できるわけない、そんなこと!」
叫んだのは多田くんではない。オレのほうだった。それなのに多田くんはペットボトルを引きずりながらオレに近づき両肩をつかんで懇願した。
「社長、男になってください。妻をいかせて、わたしを勃たせてください」
なんでだ、なんでおまえの勃起のためにオレが男になんなきゃならないんだ、と思ったが、不思議なことにペニスで一、八キロのペットボトルを引きずる男には逆らえない強制力のようなものがあった。すでにまゆ子さんはTシャツを脱ぎ始めている。ブラジャーを外し、チノクロスのハーフパンツを下着と一緒に脱ぎ去ると、思ったよりずっと豊かな乳房を揺らしながら歩み寄ってきてオレのまえにたった。恥丘に貼りついた淡い陰毛が生き物のように起き上がってくる。
Tシャツを脱ぐときに外したのだろうか。まゆ子さんの顔にはメガネがなかった。初めてじかにみる茶色がかった瞳がまばたきするたび濡れて光った。まゆ子さんが唇を軽く開けてオレに顔を寄せる。押しつけられた唇から細い舌が差し込まれるとオレの下半身のどっかでなにかがショートし、気がつくとオレはもうまゆ子さんの舌を吸いながらせわしなくベルトを解いていた。まゆ子さんが手を添えてジッパーを下ろし、ズボンと下着を下ろす。
まゆ子さんをソファに押し倒して首筋から鎖骨へと舌を這わせた。両手をバンザイさせてわきの下を掃き、わき腹をくすぐる。身体の奥からじれったい痒みを追い払うようにまゆ子さんの腹が波打つ。痒みの波紋を乳房に送るようにして舌を使った。乳首を痒みでいっぱいにしてやりたかった。乳輪をなぞると乳房全体がぷるると震え、曖昧だった乳首が氷結したように尖ってくる。その乳首を口に含むと、まゆ子さんの口から初めて、
あ、ああ。
と溜息に似た喘ぎ声がもれた。
乳房全体を揉みながら、唾液でヌルヌルにした肉のつぶを軽く犬歯で刺す。それを間歇的にくりかえした。そのたびにまゆ子さんの身体が跳ね、あ、あ、と短い声が上がった。ねえ、夜泣き屋さん。シャープだったまゆ子さんが声がまとわりつくように湿っている。わたし、感じる、まえよりずっと感じるようになってる、あ、ああ。まゆ子さんはせがむように乳房を揺らした。
「ぼくより感じるのか」
頭上から低い多田くんの声が響いた。その声で初めて、多田くんが間近で、おおいかぶさるようにしてオレたちを凝視していることに気づいた。ストッキングが食い込んだ亀頭が痛むのか、それより心が痛むのか、多田くんは苦しそうに顔をゆがめている。もちろんペニスは樹上で死んだ蛇のように伸びきったままだ。はたしてこんなやり方で死んだペニスがよみがえるのか。いや、考えてもしかたない。やるだけやってみよう。乳首を吸いながら触るか触らないかの微妙さでうちももをなで上げてみる。ああ、あ、ああ。まゆ子さんの喘ぎ声の間から多田くんの唾液を飲み込む音が聞こえた。
「感じるのか、まゆ子」
ああ、感じる、すごく感じるのよ。まゆ子さんは顔を左右に捏ねながら続けた。わたし、体質が変わったの。あのトレーニングのおかげで、不感症も治ったみたい。あ、ああ。まゆ子さんの言葉が喘ぎ声に溶けてゆく。
「不感症だった?」
そう。そうよ。わたしも多田くんと同じ。あ、ああ。なにも感じなくなってた。子供を産んでから、あ、ああ、わたしの身体も死んでしまったのよ。手が股間に近づくにつれ肉の感触がどんどん柔らかく変わってゆく。まゆ子さんは大きく開いた股をくねくねと動かしオレの愛撫を求めている。クリトリスが触覚となってオレの指を捜しているみたいだ。
「ぼくは聞いてないぞ」
まゆ子さんは目をつむり眉間にしわをよせて腰を揺らし続けている。指がくにゃりとした肉に触れた。ひだはすでに熱い愛液であふれていた。
「それ、どういうことなんだ。まゆ子」
どうやら二人の行き違いはまゆ子さんの出産が関係しているようだ。もっともっと感じさせなきゃ真相は聞きだせない。多田くんはそう思ったのかもしれない。
「舐めてください。早く妻をいかせてください!」
とオレを急かした。
まゆ子さんのクリトリスはすでにたくましく勃起してクリトリスフードをめくり上げている。テラテラと愛液で光りながらアヌスの収縮と連動し、縮んだり、ふくらんだり、をくり返していた。オレは性器全体に唇を押し当て、勃起した突起を軽く吸った。
あ、ああ、すごい。もれちゃうもれちゃう。
まゆ子さんが激しく首を振って声をあげた。実際、アヌスが収縮するたび熱い愛液が口に流れこんだ。オレは愛液を舌にからめてクリトリスを掃いて、吸った。あ、それいい、いい、いい。クリトリスの硬さがどんどん増してきている。まゆ子さんは快感に耐えているのか、それとも告白をためらっているのか、ソファをかきむしって喘ぐだけだ。アヌスがなにかを吸い込むようにぎゅうっと縮んでゆく。多田くんが、おい、まゆ子、と大声をあげた。
「なにがあったんだ。わかるようにいってくれ!」
するとまゆ子さんは絶頂の波が通り抜けるのを待って、いや絶頂で得たエネルギーをそのまま多田くんにぶつけるようにして、大きく息を吸って叫んだ。
「わたしが赤ちゃんの口をふさいじゃったのよ!」
オレが顔を上げると、まゆ子さんの顔はすでに汗と涙でびしょびしょだった。
初乳をあげたときよ、わたし、あのとき気を失って、気がついたらおっぱいで赤ちゃんの口をふさいでしまっていて、そのとき赤ちゃんは、もう。
そこでいったん言葉を飲み込み、しぼり出すように彼女は続けた。
わたしのせいなのよ。それからセックスするのが怖くなったの。じっさいなにも感じなくなったの。そのときのことばかり思い出してしまうの。
そういって彼女は黙った。
まゆ子さんをみおろす多田くんの姿が風変わりなかかしのようにみえる。多田くんは途方に暮れた顔をオレにむけると、オレのすっかりしぼんでしまったペニスを確認して、またまゆ子さんに視線を戻した。オレの役目はもう終わりだ。このときオレは思った。
すると、多田くんの低い声が響いた。
「社長を勃たせろ」
意外そうに顔をあげたまゆ子さんに多田くんは容赦なく続けた。
「君からいいだしたんだ、最後まで続けてもらおうじゃないか。勃たせろよ。ぼくのまえで舐めてみせろよ」
それでもまゆ子さんはしばらく無言で多田くんを凝視していた。
「早くやれ。いますぐ、始めろ!」
多田くんはまゆ子さんの眉間のあたりを指差して怒鳴った。
その指でわずかに残ったためらいを撃ち抜かれたように、まゆ子さんが涙に濡れた目をすっと細めた。そして、身を乗り出し、オレのペニスに口を寄せた。オレのしぼんだペニスはまゆ子さんのわずかな吸引でツルンと口腔内に吸い込まれた。
吸引とともに湿った息が恥骨のあたりに広がる。まゆ子さんが激しく顔を上下させながら絶え間なく細い舌を亀頭にからみつかせている。ペニスと唇の隙間から時おりぶぶっとはしたない音がもれた。なんてスケベな舐め方なんだ。オレのペニスを吸って、みっともないくらいに頬をふくらませているまゆ子さんをみてそう思った。これがあの朝、オレにハーブティーをすすめてくれた美しい人妻と同じ女なんだろうか。その印象のギャップがオレに力を呼び戻した。舌先が尿道を行きかうと、その疼きを早く放出したくてしょうがなくなった。オレの気持ちを見透かしたように多田くんが叫んだ。
「入れてください、社長! 妻を、まゆ子をいかせてください!」
起き上がり勃起したペニスをまゆ子さんに当てた。するとまゆ子さんが待ち構えていたように手を添え、きて、早く入れて、とオレを誘導した。ペニスがやや重い抵抗を感じながら、まゆ子さんに埋まってゆく。
あ、あ、あああああ。
愛液がペニスのまわりからあふれ、睾丸へと伝い落ちるのがわかる。そこはここひと月の屈託を氷解させるようにあたたかく心地いい弾力で満たされていた。溜息がもれた。だがまゆ子さんの手がオレの背中を抱きしめたとき、異変が生じた。ペニスの根元をヌラリと何かが動いた。それがなんなのか考える間もなく、ああ、きて、きて、もっともっと、もっと奥までちょうだい、とまゆ子さんがオレにしがみついて腰を揺すった。そのたびにペニスにすごい圧力で何かが巻きつく。そうだった。これが一、八キロをクリアさせたここひと月の成果なのだ。しかし、その成果はオレの想像をはるかに超えていた。ペニス全体を押し潰すような力がはたらいているというのに痛みはまったく感じない。しかも、その圧があるときは強く、ある場所では小刻みに、さまざまなバリエーションで締めつけてくるのだ。ああ、夜泣き屋さん、わたし、あ、ああ、わたし、ゆるくない? 喘ぎながらまゆ子さんが聞いてきたが、オレに答える余裕はなかった。だめだ。これは気持ちよ過ぎる。このままではアッという間に果ててしまう。危機感を感じ腰の動きを調節しようとすると、多田くんがオレの答えをせがんだ。
「どうなんです、社長。なんとかいってください!」
「それより、あの多田くん、オレ」
もういきそうなんだ、とこのまま果てた場合を考え保険をかけようとしたのだが、多田くんはその先をいわせなかった。
「だからきついんですか、きつくないんですか、どっちなんです!」
「いや、きつい、ものすごくきつい」
多田くんは唾液を飲み込み、もっと具体的にいってください、と暗い目でいった。
「なんていうか、その、中で、火照った蛇が泡踊りしてるというか、イソギンチャクにフェラチオされてるというか、苦しくて、気持ちよくて、とにかくすごい。こんな感じは初めてだ」
オレがいうと多田くんはカッと目を見開き、火を噴くように叫んだ。
「チクショー!」
そのときだった。目の隅でペットボトルがわずかに動いた。とっさに多田くんの股間に顔をむけると、なんということだ。伸び切ったペニスに、かすかだが芯のようなものが生まれ始めている。
「ぼくも、ぼくだって締めて欲しいさ!」
嫉妬と羨望と自分への怒りが、多田くんの血液を逆流させたのかもしれない。またドクンとペニスが太った。それに気づいたまゆ子さんが、
「入れて、多田くん!」
と叫び、叫ぶと同時にまたものすごい圧がオレのペニスにかかった。う、と呻き声をあげてオレは腰の動きを完全に停止させた。もう、ちょっとでも動いたらいってしまう。
「わたし、やっぱりあなたのがいい。あなたのをわたしに入れて!」
いうまでもないがたったいま挿入している最中で、しかも必死でいくのを耐えているオレの気持ちなど、誰も考慮してくれてはいないようだった。
「わたし、あなたを締めてあげたい。ギュウギュウ締めてあげたい!」
まゆ子、と呻くようにいって多田くんは黙った。きっと言葉ではなくペニスで妻に応えたいのだろう。ううう、と息みながら拳を握りしめた。みるみる顔が紅潮し首筋に血管が浮かんだ。とその首と相似形となってペニスにも大小の血管が浮かび始めた。その光景はオレに巨大魚をヒットさせたときの釣り人の姿を思い出させた。ペットボトルを釣り上げようとするペニスが折れそうな釣竿のようにしなっている。が、獲物はしっかりと床に鎮座したまま微動だにしない。
「がんばって、多田くん!」
まゆ子さんが叫ぶとまたヌルっとペニスに圧がからんだ。ああ、できればもうこのままいってしまいたい。でも、たったいま一、八キロと壮絶なファイトをしてる多田くんをまえに、いっちゃいました、で通るはずがなかった。
ぬおおおおおお。
と多田くんが呼気とともにさらに力を集中させた。異様だった。ストッキングが巻かれた亀頭がうっ血し、ヨーヨー風船みたいにふくらんでくる。ペニス全体はまるでこけしだ。
「あと少し!」
また、まゆ子さんが力んだ。もうだめだ。オレが観念して引き金を引こうとした瞬間だった。多田くんは腰を突き上げ身体全体を後傾させながら、そう、釣り人がカジキマグロかなにかを釣り上げるときのような格好でむりやりペニスの角度をあげ始めた。もうよせ、折れる。とオレは思った。
「もうちょっと!」
ぬががががが。多田くんが雄たけびを上げてさらに腰を突き出す。と、そのときだった。一瞬ボトルがスーっと前後に動いた。わずかだがボトルが床を離れたのだ。それを目にしたまゆ子さんはパッと顔を輝かせ、
「きて!」
と叫んでオレの胸を突き飛ばした。のけぞったオレが床に転がり落ちる瞬間、きつく拘束されたペニスが抜けてスポーンとシャンパンそっくりの音がたった。たしかにそれは二人の祝宴の始まりだったのかもしれない。多田くんはグルグル巻きにされたストッキングをほどくと勃起したペニスを握り、それをまゆ子さんに当てた。血管をみなぎらせたヘビー級のペニスが、妖精の尻のようなまゆ子さんの性器にゆっくりと埋まってゆく。
あ、ああああ。ああ。
まゆ子さんのアヌスが陥没するように深く深くしわを刻むと、多田くんの口から、お、おお、と呻き声がもれた。きっとヘビー級をまゆ子さんが猛烈に締めつけているのだろう。羨ましかった。いや、忌々しかった。いやいや、猛烈に腹がたった。なにしろオレはいきそびれて勃起させたまま二人の絡み合いを傍観するしかないのだ。だったら帰ればいいのに、帰ろうとしない自分が哀しかった。
多田くんはまゆ子さんのうえでダイナミックに腰を上下させている。ペニスが引き抜かれ、埋まるたびに愛液があふれてピチピチと小魚がはねるような音がたった。
「あ、ああ。すごい。大きい。やっぱり大きい!」
「大きいのがいいか? やっぱりでかいほうが感じるのか?」
「好き! 大好き!」
まゆ子さんは多田くんの腰に両足を巻きつけ、音をたてて多田くんの唇を吸った。そのとき多田くんがまゆ子さんの耳元でささやいた言葉をオレは聞き逃さなかった。
あのとき君は初乳なんかあげていない。
うっとりと閉じていたまゆ子さんの目が見開かれた。多田くんは腰を動かしながら続けた。
子供は産まれたときはもう息がなかった。だから君が初乳なんかあげられるはずがないんだ。すごい難産だったからな、君は気を失ってあのとき幻の中にいたんだ。現実と悪夢が一緒になってしまったんだ。
「うそ」
本当だ。ぼくは分娩室ですべてをみていた。君は赤ん坊を生もうと必死だっただけだ。自分の命をかけて子供を産んだだけだ。それだけなのに。
多田くんは絶句して、目に大粒の涙を浮かべた。そして潤んだ声でいった。
なぜ早くいってくれなかったんだ、一人で苦しんで、ぼくたち夫婦じゃないか。
まゆ子さんは、多田くんだって、そう呟いて顔をゆがめた。そして多田くんの首に両手を回し自分から激しく腰をこすりつけた。
「あ、ああ。気持ちいい。締めるわよ。もっともっと締めちゃうわよ!」
「ああ、まゆ子。すごいよ。締めてくれ。力いっぱいぼくを押しつぶしてくれ!」
二人はどちらともなく腰を動かしながら、呻き、喘いだ。体位を入れ替えた多田くんが、まゆ子さんを後ろから突きながら、振り向いてオレにいった。
「社長もいってください」
髪を振り乱したまゆ子さんが振り向きオレに手招きする。二人の意図を一瞬で理解したオレが歩み寄ってまゆ子さんの口元にペニスを差し出す。部屋はすぐにオレと多田くんとまゆ子さんの切羽詰まった声と、体液をかき回す粘り気のある音でいっぱいになった。最初に多田くんが身体を硬直させ、続いてまゆ子さんが尻を痙攣させながら絶頂を迎え、オレはまゆ子さんの口の中で引き金を引いた。そのとき快感とともに不思議な感情が尿道を突っ走った。
いままで嫉妬や怒りとともに射精したことは何度かあった。
だが、胸をうたれながら射精したのはこのときが初めてだった。
2008 WEBNONに掲載