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<title>ひそひそボッチ</title>
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<description>月見野ぼっちの書いた小説（官能小説、その他）を公開しています。</description>
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<title>「ゆるい女」</title>
<description> 　足首が細い女は締まりがいい。　そんなものずっとあてにならない俗説だと思っていた。だが、元ソープ嬢でうちの従業員でもあるミルクさんによると足首と締まりにはあんがい深い関係性があるのだそうだ。「だってほら、女って、いったとき足首をグウっと反らせるでしょ？」　そのとき収縮するのはふくらはぎと肛門周辺の括約筋。つまり両者の筋肉は連動している。ふくらはぎの筋肉がしなやかな女は足首も細く、連動した括約筋も発
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<![CDATA[ <br /><br />　足首が細い女は締まりがいい。<br />　そんなものずっとあてにならない俗説だと思っていた。だが、元ソープ嬢でうちの従業員でもあるミルクさんによると足首と締まりにはあんがい深い関係性があるのだそうだ。<br />「だってほら、女って、いったとき足首をグウっと反らせるでしょ？」<br />　そのとき収縮するのはふくらはぎと肛門周辺の括約筋。つまり両者の筋肉は連動している。ふくらはぎの筋肉がしなやかな女は足首も細く、連動した括約筋も発達している。よって足首の細い女は締まりがいい、ということになるらしい。<br />　こんな話を思い出したのにはもちろん理由がある。<br />　オレの名は鳴海次郎。羽田裏で「夜泣き屋」という屋号の性玩具製造工場を営んでいる。そう。性玩具。従業員三人だけの零細企業だが、この仕事を始めて十三年、バイブレーターやローターを中心としたさまざまな大人のおもちゃを作り続けてきた。<br />　だが、ゆるい女のための道具を作ったことはまだない。いや、正直いってゆるい女のことなどまじめに考えたことすらなかった。<br />　あれはとある自動車メーカーが主催する新車試乗会に出向いたときのことだ。<br /><br />「社長、いまから我が家で呑みませんか」<br />　試乗を終えたオレに多田くんがいった。多田くんは一年ほどまえからオレの工場に出入りしているこの自動車メーカーの営業マンだ。人は悪くない。だがいささか強引なところがある。いきなり一般家庭に招待されたおもちゃ屋特有の気後れも、あまりピンとこないようだ。<br />「お気遣いは無用です。妻には社長の仕事のことは話してません。工作機械のエンジニアの方だと話してありますから。一度社長を妻の手料理で接待したいと思ってたんです。さあ、乗ってください」<br />　ためらうオレをむりやり自家用車の助手席に押し込み、自宅マンションにむかった。<br />「いつも主人がお世話になっております。妻のまゆ子です」<br />　玄関にあらわれた多田くんの奥さんは知的な感じのじつに美しい女だった。歳は多田くんより三つ年下の二十八才。顔が小さく色が白い。厚めの唇が微妙にいやらしく、メガネの奥の切れ長の目が綺麗だった。<br />　こうなったら知的な奥さんがびっしょりと濡らしてのけぞるようなおもちゃを考案しながら呑むことにしよう。さきほどとは一転、おもちゃ屋特有の好奇心をもっこりさせて席に着いたのだが、いざ酒宴が始まるとみるみるオレは萎えた。<br />　なんでもこの夫婦は学生時代、環境保護のボランティアを通じて知り合ったらしく、やれＣＯ２削減がどうしたこうした、海面上昇がどうのこうのと、持ち出す話題にいちいちエコマークがついているのだ。自分の亭主を「多田くん」と君付けで呼ぶまゆ子さんの口調もなんだか空々しかった。<br />　いったい多田くんはなにを考えてオレを呼んだのだろう。オレの作るおもちゃは製品の性格上、リサイクルはできないし、クリトリスの反応に神経をつかうことはあっても、地球への影響はほとんど考慮しない。わかるだろう？　オレはエロにはくわしいがエコにはうとい人間なのだ。<br />　にもかかわらず二人の話題は「地球温暖化に関するバタフライ効果」とか「環境タックス」とかいうさらにわけのわかんない問題に移行してゆき、いよいよ呑むしかなくなったオレはいつの間にかソファの上で深い眠りに落ちていたのだった。<br /><br />　翌朝目覚めるとすでに多田くんは出社したあとだった。<br />「ハーブティー淹れてみました。ペパーミントは胃にとてもいいんです。さ、どうぞ。呑んだ翌朝にはぴったりですよ」<br />　ドア口にたったまゆ子さんがいった。白地にオレンジ色のハイビスカスが染め抜かれたワンピースが目に眩しい。いや、服だけではない。声も表情も昨夜よりずっと明るかった。<br />　さっそくテーブルについたオレは彼女から無添加天然酵母パンや軽井沢のなんとか屋のブルーベリージャムや宮崎地鶏が産んだ卵のレクチャーを受けながら遅い朝食をご馳走になった。料理はどれもとても美味しかった。<br />「お仕事の時間、大丈夫ですか？」<br />「自営業だから適当です。いやあ、ハーブティーってほんと口の中がすっきりしますね」<br />　話が仕事の内容に及ぶのを警戒して話題をそらすと、まゆ子さんがすかさず、おかわりどうぞ、とティーサーバーに残ったティーをオレのカップに注ぎ、ちょっとあらたまったようにいった。<br />「わたし、じつは社長さんにご相談したいことがあったんです」<br />「……なんでしょう」<br />「膣圧って強化できるものなんでしょうか」<br />　昨夜わけのわからない環境用語を聞き過ぎたせいかもしれない。オレはチツアツと発音されたその言葉がとっさに膣圧と結びつかず、<br />「チツアツ？」<br />　と聞き返した。<br />「ええ。俗にいう締まりです」<br />　彼女ははっきりとそう答えた。<br />　オレはふたたびカップを口に運んだ。<br />　そして、むせた。<br />　じつは彼女も平静をよそおっていただけなのだろう。あわててダスターをとった手が震えていた。みると額にうっすら汗も噴き出している。変なこといってすみません、とあわててテーブルを拭きながら、多田からよく社長さんの話を聞かされていたものですから、といいわけした。<br />　多田くんから？　なにを？　当惑してオレはいった。<br />「特殊なグッズを作ってらっしゃる方だと、『夜泣き屋』というその業界では第一人者の方だって……」<br />　なんてことだ。やっぱり多田くんは彼女にオレの仕事のことを話してたのだ。あの野郎、オレをはめやがったな、と舌打ちしかけてふと思った。でも、なんであいつがオレをはめる必要があるのだろう。<br />「わたし、以前彼から指摘されたことがあるんです」<br />　まゆ子さんはそういうと口をつぐみ、手にしたダスターに視線を落とした。<br />「なにを指摘されたんです」<br />「ゆるい、と。子供を産んでから、わたしがゆるくなったと」<br />彼女はチラリとオレをみて重い口を開いた。<br />　妻の出産後、夫がゆるいといいだす。ありがちな話だ。<br />　まゆ子さんが出産したのは一年まえ、多田くんと結婚して三年後のことだった。<br />　しかし、生まれたその日に子供は亡くなり、それから夫婦関係がおかしくなったらしい。多田くんから、ゆるい、と宣告されてからは肉体関係はおろか会話さえも途絶えがちになって、共通の話題といったら地球のことしかなくなってしまったというのである。<br />「……理不尽なことですが、とにかくゆるんだものを締めなおさないと……このままじゃ、わたしたちダメになってしまう気がして……」<br />　視線を落としたまま、なんとかならないでしょうか、と彼女はいった。<br />　環境問題と違い女性器問題にかんしてならオレにだって考えがある。そのまえに確認しておきたいことがあるんですが、とオレはいった。<br />「奥さんは自分の身体が、多田くんがいうようにゆるくなったと、本当にそう思ってるんですか」<br />「どういうことでしょうか」<br />「妊娠中はたいがい一定期間夫婦生活が途絶えますよね。その期間に悶々とした多田くんが頭の中で奥さんの膣圧を理想的なものに作りかえてしまった。それで出産後、ひさびさに挿入したとき違和感を感じた。つまり、彼の思い込みです。そういう可能性だってないとは限りません。いずれにしても膣圧なんてものはなかなか主観的に判定できるもんじゃない。あくまで相対的なものですから」<br />　ソータイテキ？　とかすかに眉をひそめてまゆ子さんはいった。<br />　だって考えてもみてください、といくぶん得意になってオレは続けた。<br />「仮に平均的締まりというものがあったとします。対して巨根の男がいたとする。当然巨根の男はきつく感じる。しかし短小の男ならゆるく感じる。ようは組み合わせです。しかも女性の体液の量が豊富だったり少なかったり、行為中だって刺激の受け方によって膣の形状は刻々と変わります」<br />「でも社長さん、多田はわたしが体験した中ではとても大きい方なんです」<br />　ほう、といったオレの余裕に翳りがみえてきたのはこのときだった。<br />「新婚当時、おもしろがってメジャーで計ったことがあります」<br />彼女が口にしたサイズはボクサーでいえば明らかにミドル級を超えていた。つまりヘビー級クラス、といっていいと思う。<br />　たしかにそれは立派ですね、かろうじてそう答えたものの頭の中では派手な音をたててテンカウントゴングが鳴り響いていた。<br />「ということはやっぱりわたし本格的にゆるいんだわ。大きな彼ですらゆるいんだもの。彼より小さな男性にとってはもうブカブカなんだわ。ね、そういうことになりますよね」<br />　しかし、まあ、日によっても色々違いますし、とオレの膣圧相対性理論がボロボロに崩れ始めると、まゆ子さんは手にしたダスターをテーブルに置いて、だったら夜泣き屋さん、と屋号でオレを呼んだ。<br />「いまから夜泣き屋さんが確かめてみてくださいませんか？」<br />　膣圧を、ですか、唖然としてオレがいうと、まゆ子さんはじっとオレの目をみたまま、はっきりとうなずいていった。<br />「プロならわかるでしょ」<br />「いや、しかし、あの、奥さんは多田くんとの関係を修復したいんでしょう？　それなのに多田くんを裏切ってしまっていいんですか？」<br />　このときオレがこのような常識的見解を口走ってしまったのには理由がある。すでにヘビー級で試したゆるさをストロー級のオレに確認できるはずがない。オレの理論にしたがえばそれはゆるさの確認ではなく、オレの小ささを証明するのと同じことになってしまう。<br />「ですから触診でお願いします」<br />　オレの複雑な胸中を見透かしたようにまゆ子さんはいった。<br />「指なら裏切ったことにはなりません。指で確かめてください」<br />　まゆ子さんはそういってオレの腕を取った。いったいどういう理屈でそういうことになるのかさっぱりわからなかったが、気がつくとオレはまゆ子さんとともにダイニングからリビングルームへと移動し、ソファのまえで佇んでいた。<br />　ソファの脇にたったまゆ子さんがワンピースの裾をたくし上げ小さく薄い生地の下着をくるくると下ろした。その下着をそっと手のひらに隠し、素早くクッションの隙間に滑り込ませた。その仕草がオレにふわりとした欲情を呼び覚ました。まゆ子さんがワンピースをたくし上げたままソファに腰を沈める。上半身を後ろに倒しながら心持ち脚を開いた。この時点でオレはもう彼女が知人の奥さんであることなどすっかり忘れ、床にしゃがみこんでまゆ子さんを凝視していた。<br />　下腹からふとももにかけて白い朝日が差し込んでいる。体毛が薄い体質なのか、ウェイブした細い陰毛が精緻な銅版画のようにつつましく恥丘に寄り集まっていた。たっぷりと盛り上がった白くて柔らかそうな肉が、性器の筋をはさんでいる。<br />「始めてください」<br />　そういってまゆ子さんは尻をまえにずらし、さらに脚を開いた。と同時に性器の筋が割れて、蛇腹のように畳まれていたピンク色のひだも開いた。綺麗だ、思わずオレが感嘆すると、まゆ子さんはパーっと顔を赤くし、早く、早く始めてください、と上ずった声をあげた。<br />「失礼します」<br />　と断わり、オレは手を伸ばし、中指をそっとひだに当てた。が、みずみずしい色をしたそこはうそみたいに乾いている。なぜだろう。たいがいの女はこんなふうに恥ずかしい目にあうといくらかでも愛液を分泌させるものだ。被虐嗜好の強い女ならみられただけでひたひたに座席を濡らしクリトリスを勃起させる。<br />「全然濡れてません。濡らしていいですか」<br />　オレは事務的にいった。こういうときは事務的に対応したほうが作業がスムーズにすすむ。クリトリスフードからは乳白色のクリトリスが薄目をあけてオレをみていた。まゆ子さんから返事がないのでオレは、始めます、と一方的に告げてフードの上にそっと指を置き、それを小刻みに揺らした。<br />　フードの中にトコロテンのようなくにゃくにゃしたクリトリスの感触がある。それを小刻みに揉みほぐしているうち、はっ、とまゆ子さんから声にならない声がもれ、トコロテンくらいだった感触が硬くなり、枝豆ほどの大きさまでふくれてくると、次第にひだの縁に愛液が滲みだした。<br />「入れてください」<br />　とまゆ子さんが押し殺した声でいった。充分といえる潤いではなかったが、慎重に中指と薬指をすべり込ませた。<br />「さ、力んでみてください。締めて」<br />　くっと息を詰めてまゆ子さんが尻を浮かした。まゆ子さんに埋まった二本の指に挟み込むような圧がかかった。<br />「力を抜いて。もう一度」<br />　さらに二度、三度とまゆ子さんが息を詰める。<br />　けっこうです、さあ、息を吐いて、オレの声とともにまゆ子さんの身体から緊張がほぐれてゆく。それに合わせてそっと指を抜くと、まゆ子さんはあわてて上体を起こし愛液で濡れたオレの指をワンピースの裾で拭った。そして、うつむいていった。<br />「いかがでした？」<br />「とくに弛緩しているとは思えません」<br />「いいんです。正直におっしゃってください」<br />「本当です。悩むほどの状態じゃありませんよ」<br />「だったらなぜ多田はゆるいなんていうんです！」<br />　まゆ子さんはピシャリといってたち上がると部屋の中を歩き回りながら、わたし、いまよりもきつくしたいんです、きつくならないとダメなんです、そうしないと自信が持てないんです、とくりかえした。<br />　そのことでまゆ子さんが傷ついているのはわかる。しかし、この深刻さは過剰だ。申しわけないが少々滑稽でもあった。<br />「夜泣き屋さんの工場ではきつくする道具とか、そういうものは作ってないんですか」<br />「わたしは作ってませんが、確か取引先のおもちゃ問屋でそういう製品を扱っているはずです。なにかメモするものはありますか？」<br /><br />　結局オレはまゆ子さんに取引先のホームページを紹介して部屋を出たのだが、エレベーターに乗り込むと次第に自分で自分の行儀のよさに腹がたってきた。<br />　いったいオレはあの部屋でなにをしていたんだろう。なぜオレは彼女を全裸にしてもっともっと恥ずかしいめにあわせてやらなかったのだ。もしかしたら彼女だってそれを望んでいたのかもしれないじゃないか。<br />　後悔と劣情が怒涛のように押し寄せ、痛いくらいにペニスを勃起させているとエレベーターのドアが開いた。と、そこで男がオレを待ち構えていた。そして、驚いたことにその男もオレと同様の不満を抱えていた。<br />「なんでのこのこ帰ってきたんです！　なぜ妻を抱かなかったんですか！」<br />　多田くんはそういってオレをエレベーターから引きずりだした。<br /><br />　数分後、オレはマンションから少し離れた駐車場にたっていた。そこで多田くんから説明を受けたのだが、いくら聞いても自分の立場がうまく理解できない。<br />　そもそもオレが昨夜多田家に招待されたのはまゆ子さんのリクエストがあったかららしい。<br />「妻が取引先と呑みたいなんていいだしたのは初めてのことだったんです。ああいう生真面目なやつですから、もちろんあからさまにはいわなかったけど、彼女は性玩具をあつかっている社長に興味津々だったはずなんです。それなのに指だけで済ますとは何事ですか。仮にもあなた『夜泣き屋』の社長でしょう！」<br />　わからない。いったいなぜオレはこの男に叱られているのだろう。<br />「指だけって、あの、多田くん、なんで指だけだったってわかるの？」<br />「盗聴していましたから」<br />　リビングとダイニングと寝室、あのマンションのすべての部屋のコンセントに盗聴器を仕込み、ここに停めた営業車の中でモニターしていたんです。多田くんからヌケヌケとそういわれてオレはますますわけがわからなくなった。<br />「多田くん、ちょっと聞いていいかな」<br />「なんです」<br />「なぜ盗聴なんかしてたの」<br />　オレが聞くと多田くんはうつむき、それが自分でもよくわからないのです、といって営業車のドアミラーに手を伸ばし、それを撫でながら続けた。<br />「彼女が他の男に抱かれてあられもない声をあげる。わたしにはみせたこともない痴態をあらわにする。そんなこと絶対あってはならない。あって欲しくない。しかし、そう願えば願うほど想像してしまうのです。そしてそういう場面を想像すればするほど、わたし、興奮してしまうんです」<br />「あのね、多田くん」<br />「はい」<br />「奥さんもそうだけど、君たち夫婦はなにかものすごくピント外れな方向に努力してやいないか」<br />「そう思いますか？」<br />「そもそも君はなんで彼女にゆるいなんていったの？　ちっともゆるくないじゃないか」<br />　多田くんは黙った。大声でわめきちらすまえの予兆のような沈黙だった。しかし、じっさいに口をついた言葉は拍子抜けするくらいに小さかった。<br />「じつは問題は妻ではなく、わたしのほうにあるんです」<br />「君に？」<br />　多田くんはうなずいて、男性的機能の問題、と婉曲な言い方で説明したが、ようするにまゆ子さんの出産にたち会ったのが原因でインポになってしまったというのだ。<br />　むかし取引先の通販会社の社長から「歯のついたヴァギナ伝説」の話を聞いたことがあるが、やはり男にはそういう女性器に対する恐怖心が潜在しているのだろうか。多田くんは挿入しようとすると、お産の際に目にした光景がよみがえり萎えるようになったらしい。その後も症状はどんどん重くなり、混乱のあまりまゆ子さんにむかって、君がゆるくなったせいだ、と口走ってしまったのだという。<br />「原因は心因性なんです」<br />というわけでバイアグラも役にたたないらしい。<br />「そういう悩みならセラピストとかに相談したほうがいいんじゃないか。それにいくらオレが迫ったって彼女のほうには全然その気がないわけだから」<br />「だからその気にさせるんです。さいわい彼女はきつくしたがっている。社長がきつくする道具を作ってください。それを使って社長みずからマン・ツ・ーマンで彼女に指導してやってください。一緒に努力しているうち彼女だってきっとその気になる」<br />「あのね、マン・ツー・マンって、多田くん、オレはトレーニング用品を作っているわけでもないし、スポーツトレーナーでもないわけだから」<br />「社長が妻を抱いてくれたら、ぼくはきっと治る。絶対勃つんだ！」<br />「そうかもしれない。しれないがオレには荷が重いよ」<br />　いまさらなにを言ってるんだ、多田くんは吐き棄てるようにいうと、オレの右手の指をわし&#25681;んで怒鳴った。<br />「人の女房に指まで入れといて、荷が重いもへったくれもあるか！」<br />　なにか根本的に大きく間違っている気がしたが、いい返せなかった。<br /><br />　オレは駅にむかう道すがら右手の中指と人差し指をながめながら考えた。<br />　女をきつくする道具。それをなんと呼べばいいのだろう。<br />　膣圧強化用品、か。<br />　多田くんにはああいったものの、もちろんまゆ子さんを抱きたくないわけではない。いや、本当のことをいうとものすごくやりたい。いまだってこの指をみてるだけで、さっきの感触を思い出しペニスが硬くなり始めている。いや、ちょっと待て。もしまゆ子さんの膣圧が「膣圧強化用品」によっていまよりもっともっときつくなった場合、この指一本程度のサイズでも、そうだ、むしろヘビー級よりストロー級のオレのほうが対戦相手としてはぴったりなのではあるまいか。そう思ったらペニスのやつがますます張り切ってきた。<br />　しかたがない。作るだけ作ってみるか。<br />　結局オレは相当ピントの外れた夢をみながら「膣圧強化用品」をむりやり夜泣き屋の新企画商品のひとつと位置づけ、その日から、従業員のミルクさんのアドバイスを受けながら試作品作りに着手したのだった。<br />　そして、一週間後、試作品を手にふたたび多田くんのマンションを訪ねた。<br /><br />　試作品の形状はいたってシンプルだった。<br />　ゴルフボール大のシリコンボール二つをひょうたん状につなげたもので、一方のシリコンボールの下からは四十センチほどのテグスが伸びている。テグスの先には二リットルのペットボトルが結んであり、中に五百ミリリットルの水が入っている。<br />「構造をみればだいたいおわかりかとは思いますが」<br />　オレはまゆ子さんに、そう前置きしてトレーニングのやり方を説明した。<br />「まず奥さんの股下にペットボトルを置き、それから中腰になってひょうたんの一方を膣内に挿入します。そして膣圧でひょうたんを締めつけたままたち上がり、つまり膣圧でテグスを引っ張ってペットボトルを持ち上げる。ヒンズースクワットの要領でそれをくりかえす。ボトルに入れる水の容量は五百ミリから始めますが最終的には二リットル、つまり二キロを目指してがんばりましょう。もし、それを達成することができたら、すごい名器になることがすでに実証されています」<br />「どなたかもうお試しになったんですか」<br />「ええ。従業員の一人にむかしソープに勤めていた女性がいるんです。彼女が現役時代実践していた方法に、わたしが改良を加えてみました」<br />　従業員のミルクさんは、現役の間、朝晩欠かさずその鍛錬をくりかえし、やがて常連客たちから「とぐろ締めのミルク」と呼ばれるに至ったらしい。<br />「とぐろ締めって、どんな感じがするもんなんですか」<br />「経験がないので具体的にはいえませんが……通常男が女性に対して蛇やタコ、ミミズとかイソギンチャクといった形容をした場合、それは最大級の賛辞といって差しつかえないと思います」<br />　蛇かタコ、まゆ子さんはそう呟くと試作品をソファテーブルに置き、よろしくお願いします、と丁寧に頭を下げた。<br />　前回すでに膣圧検診を済ましていたせいか、まゆ子さんに躊躇はなかった。手早く下着を下ろしオレのまえにたって脚を開いた。<br />「夜泣き屋さん、すみません。この間のようにしていただけますか」<br />　オレがクリトリスを揉んでほぐすと、この間よりずっと早く、そしてたっぷりと愛液が滲み出した。<br />「腰を落として」　<br />　まゆ子さんがややがに股になって腰を落とす。オレはその真下にペットボトルを置き、まゆ子さんにシリコンボールを滑りこませた。シリコンボールとペットボトルを結ぶテグスにはまだ弱冠の余裕がある。<br />「はい、息を詰めて」<br />　まゆ子さんは中腰の格好で息を詰め、締めて、というオレの掛け声とともに尻とふとももの筋肉を緊張させた。<br />「そのままたち上がって。締めながらボトルを引っ張りあげるんです」<br />　尻の上昇とともにボトルと股間をつないだテグスがピンと張った。だが、ボトルはわずかな浮上と着地をくりかえすだけで、なかなか上がってゆかない。まゆ子さんが、むむむ、と顔を真っ赤にしてさらに息む。きっと股間の感覚が心もとないのだろう。首を捏ねながら、すべる、すべる、と叫んだ。<br />「さあ、ギュッと思い切り！」<br />　気合とともにまゆ子さんが腰を浮かすと、ボトルがゆっくりと床を離れ始めた。<br />「はい、そのまま！　キープ、キープ。もう少しキープして！」<br />　まゆ子さんは激しく首を振って、だめだめだめ、と叫んだ。間もなく、ボトルに続いてシリコンボールが落下し、床に透明な愛液がしぶいた。<br />　まゆ子さんは肩で息をしながらそれをみつめた。そして身体から芯が抜けたみたいな空虚な声でいった。<br />　五百グラムのきつさもないんですね、わたし。<br />「単純な筋力の問題だけではありません。きっとコツがあるんです。今日はとりあえず連続五回持ち上げられるまでやってみましょう」<br />　まゆ子さんはうなずいて額の汗を拭った。<br />　そして床のシリコンボールを拾うと、それを差し出し、脚をガニ股にしてオレにいった。<br />「入れてください」<br /><br />　トレーニングは週に二日、火曜と金曜の夕方に行われた。<br />　使い慣れない筋肉を急激に酷使したまゆ子さんは、最初の一週間、尻やうちももに激しい筋肉痛をうったえ歩くことさえままならなかった。それでも彼女は弱音を吐かなかった。トレーニング以外の日もオレが指示したメニューをきっちりとこなし、開始から五日目に五百グラムを、十日後には八百グラム、二週間後には一キロ、三週間後にはなんと一、五キロをクリアした。<br />　マン・ツー・マンでトレーニングしているうち女房もその気になる。<br />　あのとき多田くんはいったが、まゆ子さんからそんな気配を感じることはまったくなかった。彼女はただきつくすることに必死だった。<br />　もちろん彼女を間近でサポートすることになったオレはオレで必死だった。まゆ子さんのクリトリスが勃起するのを感じるとき、テグスを伝って愛液がしたたり落ちるとき、体勢を崩して床に倒れこんだ彼女の美しい性器を背後からみたとき、激しく欲情した。その欲情を抑えるのにオレは必死だった。<br />　それにしてもこのときオレを自制させていたものとはいったいなんだったのだろう。<br />　あれはトレーニングを始めてひと月後、まゆ子さんの生理休暇を挟んで、オレが一週間振りに部屋を訪ねたときのことだ。彼女は珍しくはしゃいでオレにいった。<br />「すごい、すごい、夜泣き屋さん、わたし、このトレーニングのおかげで体質が変わったのかもしれない」<br />　ずっと悩まされていた生理中の倦怠感や腹痛、貧血、めまいなどが今回ほとんど消えてしまい、宿痾だった腰痛まですっかりよくなったというのである。<br />「おそらく毎日踏ん張ってたせいで骨盤の歪みが矯正されたんだと思います。すごく楽なの。ほら、姿勢もよくなったでしょう」<br />　そういってまゆ子さんはモデル歩きでリビングとダイニングを往復した。確かに背筋がピンと通り、手足や首まで長くなったようにみえる。それだけじゃない。もともと白くすべすべだった肌がいっそう潤い、頬に光の点が浮かんでいる。<br />　まゆ子さんはたち止まると澄んだ笑みを浮かべてオレにいった。<br />「やっぱり夜泣き屋さんを選んだのは間違いじゃなかった」<br />　彼女がなぜオレを選んだのか。その理由はいまもってよくわからない。わからないが、この滑稽かつ切実なトレーニングを続けるうち、オレたちの間に余人には説明しがたい奇妙な信頼関係が芽生えていたのはたしかだった。そして、おそらくオレはこの信頼関係のあつかいに戸惑っていたのだ。信頼を維持するために劣情を抑えつけねばならず、つまりオレはサポート役に徹すれば徹するほど、逆にペニスがカチンカチンになってしまうというかつて体験したことのないジレンマに陥っていたのである。<br />　当たり前だが、そんなオレの様子を盗聴していた多田くんは焦れに焦れていた。<br />「いったいなにカッコつけてるんですか。さっさと押し倒せばいいでしょう！」<br />　トレーニングの開始当初はマンションまえで待ち伏せしてオレを急かした。<br />そんな多田くんの様子に変化があらわれたのは、まゆ子さんが一キロをクリアしたあたりからだろうか。次第に口数が減り、やがて連絡が途絶え始め、彼女が一、五キロをクリアしてから数日間はこちらから電話してもまったく反応しなくなった。いまノルマ達成のために死ぬほど忙しい、まゆ子さんにはそうもらしていたというのだが、本当のところはわからない。<br />　オレが多田くんと会ったのは、それからさらに一週間後、まゆ子さんがようやく一、八キロをクリアした翌日のことだった。呼び出された工場近くの公園に行ってみると、久し振りにみた多田くんはすっかりやつれて精気をうしなっていた。<br />　多田くんの用件は意外だった。<br />「もうトレーニングを中止してください」<br />　なんとオレにまゆ子さんと会うなと釘を刺しにきたのだ。<br />「社長もご存知の通り、妻はもともとゆるい女などではありません。社長が妻を抱く気がないのなら、このまま訓練を続けるのは無意味です。もう妻には会わないでください」<br />　あまりに勝手な言い草にさすがにオレも声を荒らげた。<br />「いまさらそれはないだろう。彼女は君のためにがんばってるんだぜ」<br />「意味ないことにがんばってもしょうがありません」<br />「その原因を作ったのは君じゃないか。彼女はそのことでいままでたった一人で悩んでたんだ。いまになってオレが突き放したらどうなる。君が見込んだ通りオレも一応この道のプロだ。いったん引き受けた以上、結果を出すまではやめるわけにはいかないな」<br />　そんなことして、と多田くんは口ごもった。そして、唇を震わせながら、<br />「そんなことしてほんとに結果が出てしまったら、ぼくはどうしたらいいんですか！」<br />　こうに叫ぶと昭和の青春ドラマみたいに夕暮れの工場街を走り去った。<br />　多田くんのマンションから盗聴器が発見され、オレがまゆ子さんから呼びだされたのはそれから二日後の夜だった。<br />　<br />　盗聴器をみつけたのはたまたまマンション内の別の部屋の調査にきていた盗聴器発見業者だった。調査の過程で多田家から発信されている不審電波を感知し通報にいたったのだというのだが、しかし、本当にそんな偶然があるのだろうか。もしかしたら多田くん自身がその業者を呼んだのではないか。そう思ったが、それを確認できるような状況ではなかった。<br />　オレがマンションに着くと、リビングの床にワイシャツの胸をはだけた多田くんが胡坐をかいて坐っていて、彼のまわりに三角タップのコンセント型盗聴器が三つと、小型の受信機一台が無造作にころがっていた。受信機は帰宅した多田くんのブリーフケースからまゆ子さんがみつけだしたらしい。まゆ子さんはドア口にたったオレにいった。<br />「この人はね、わたしが夜泣き屋さんと不倫しようとしている、そう思っていたんです」<br />　いったい多田くんはまゆ子さんにどういいわけしたのだろう。オレも盗聴器の存在を知っていたことを、つまりこの件にかんしてオレもある意味グルだったことまで話してしまったのだろうか。だとしたらそれはまずい。なんだかとてもまずい気がする。<br />「わたしたちを疑ってたんでしょ。ねえ、そうなんでしょ！」<br />　まゆ子さんは多田くんのワイシャツをつかんで怒鳴った。ワイシャツのボタンがはじけ飛び、多田くんは床で躍るボタンを一瞥してきっぱりといった。<br />「ちょっと違うね」<br />「どう違うの！」<br />　よほど悔しいのか、まゆ子さんは目じりに涙を浮かべている。<br />「ぼくは不倫を疑っていたんじゃない。君に不倫して欲しかったんだよ」<br />　多田くんはあるいは自分で自分を窮地に追い込みたかったのかもしれない。淡々といった。<br />「ぼく以外の男に抱かれると君がどんな声をあげるのか、どんなに濡れて、どう乱れるのか。それを知りたかった。夫婦ってほら、お互いよそいきなところがあるじゃないか。そういう余計なものをとっぱらったとき、君がどのくらいいやらしい女になるのか確かめたかったんだよ」<br />「ずっとそう思ってたの」<br />「ずっとじゃない。一年まえ、君の出産にたち会ってからさ。君が誰かに抱かれるのを想像すると興奮するようになった」<br />「どうして？　なぜ出産してからなの！」<br />「あれからぼくが勃たなくなったからさ！」<br />　多田くんは狙いすましたようにいい、その勢いでたち上がると、勃起不全から盗聴器設置にいたるまでの経緯をまくしたてた。その告白にはオレがグルであることだけが省かれていた。<br />　ちょっと待って、まゆ子さんは多田くんをさえぎって顔をそむけた。おそらく過去一年の記憶に重大なフリクションを生じたのだろう。人差し指でメガネの位置をわずかに修正していった。<br />「萎えるのはわたしがゆるいからじゃなかったの」<br />　小さく首を振った多田くんの顔にやりきれない笑みが浮かんだ。<br />「あれはいいわけだよ」<br />「いいわけ？」<br />「勃起不全、つまりインポをごまかすためにいってしまっただけなんだ。君には悪かったと思ってる。でも、どうしてもいえなかった。君が子供を産んだせいでインポになったなんてさ」<br />　まゆ子さんは黙った。そして、枝から熟した果実が落ちるようにいった。<br />「うそだったの」<br />　オレはもうこの問題から撤退したほうがいい。このときそう思った。これはゆるいだの勃起不全だのといっためちゃくちゃ複雑で、滑稽で、シリアスで、ドロドロした思いがからんだ夫婦間の問題なのだ。オレにできることはもうない。帰ろう。帰ったほうがいい。二人にそうことわろうと口を開きかけると、<br />「ねえ、夜泣き屋さん」<br />　多田くんに顔をむけたまま、まゆ子さんがいった。<br />「彼が望む通りやってみせてあげましょうよ」<br />　目の前でしてあげたほうが盗聴なんかするよりずっと効果があるでしょう、といいながらフリーズしたオレにゆっくりと顔をむけて、こう念押しした。<br />「それともわたしじゃ相手になりませんか」<br />　いまさらいうまでもないことだが、オレはこういう問いかけに即答できるほど腹の据わった男ではなかった。<br />「多田くん、悪いことはいわない。オレはもう帰るからこの件は夫婦でよく話し合ったほうがいい」<br />　すっかりうろたえていうと、多田くんは不思議な笑みを浮かべてオレにいった。<br />「ようやく妻もわかってくれた」<br />「え」<br />「こうなったら社長、心置きなく妻を抱いていってください」<br />　えええええええ。ちょっと待ってくれ。セックスっていうのはもっとお互いのムラムラがたかまった段階で始めるもんじゃないのか。ましてや亭主の目の前で、しかも夫婦がこんなに緊迫した場面でできるはずないじゃないか、と泣きをいれようとしたのだが、二人ともオレの反応などまったく気にかけてはいなかった。<br />「でもいい？　ひとつだけ条件があるの」<br />「条件？」<br />「やるからには絶対に勃たせて」<br />　まゆ子さんは多田くんにそういい残し部屋をでると、すぐ例のシリコンボールとペットボトル、あとストッキングを手に戻ってきて、それを床に置いた。そして、いきなり多田くんのベルトをゆるめたかと思うと一気にスラックスと下着を引きずり下ろした。突如あらわれた多田くんのペニスを目にした瞬間、オレの頭の中でいつかのテンカウントゴングが鳴り響いた。<br />　なんだよ、なにすんだ、おい、と多田くんが抵抗するとまゆ子さんは豹変した。<br />「ただおっ勃ててもだめなんだよ。このフニャチン野郎！」<br />　そう叫んでシリコンボールからテグスを引きちぎった。そして、テグスにストッキングを結びつけ、それをペニスのカリの部分に巻きつけながら、<br />「わたしはねえ、あんたのためにアソコでこのボトルを持ち上げたの。ひと月以上もこの夜泣き屋さんとみっともないトレーニングを続けてきたの。だったらあんたも同じ条件で勃たせてもらおうじゃないの！」<br />　といってペニスから手を離した。<br />　まゆ子、と絶句してたち尽くした多田くんのペニスをみてオレは息を呑んだ。<br />　いったいペニスというものはこんなにも伸縮性があるものなのだろうか。飴細工をにゅうっと引き伸ばしたような陰茎の先にストッキングでしばられた亀頭があり、その真下にたっぷりと水をたたえたペットボトルがある。ここからみえるペニスはまるで不自然に間伸びしたビックリマークみたいだ。<br />「いい？　このボトルの重さは一、八キロ。盗聴してたんならわかるでしょ。わたしが三日前クリアした重さよ。このボトルをあなたの勃起力で床から持ち上げてみせてよ。もし、持ち上げられなかったら、わたし、離婚するから」<br />「できるわけない、そんなこと！」<br />　叫んだのは多田くんではない。オレのほうだった。それなのに多田くんはペットボトルを引きずりながらオレに近づき両肩をつかんで懇願した。<br />「社長、男になってください。妻をいかせて、わたしを勃たせてください」<br />　なんでだ、なんでおまえの勃起のためにオレが男になんなきゃならないんだ、と思ったが、不思議なことにペニスで一、八キロのペットボトルを引きずる男には逆らえない強制力のようなものがあった。すでにまゆ子さんはＴシャツを脱ぎ始めている。ブラジャーを外し、チノクロスのハーフパンツを下着と一緒に脱ぎ去ると、思ったよりずっと豊かな乳房を揺らしながら歩み寄ってきてオレのまえにたった。恥丘に貼りついた淡い陰毛が生き物のように起き上がってくる。<br />　Ｔシャツを脱ぐときに外したのだろうか。まゆ子さんの顔にはメガネがなかった。初めてじかにみる茶色がかった瞳がまばたきするたび濡れて光った。まゆ子さんが唇を軽く開けてオレに顔を寄せる。押しつけられた唇から細い舌が差し込まれるとオレの下半身のどっかでなにかがショートし、気がつくとオレはもうまゆ子さんの舌を吸いながらせわしなくベルトを解いていた。まゆ子さんが手を添えてジッパーを下ろし、ズボンと下着を下ろす。<br />　まゆ子さんをソファに押し倒して首筋から鎖骨へと舌を這わせた。両手をバンザイさせてわきの下を掃き、わき腹をくすぐる。身体の奥からじれったい痒みを追い払うようにまゆ子さんの腹が波打つ。痒みの波紋を乳房に送るようにして舌を使った。乳首を痒みでいっぱいにしてやりたかった。乳輪をなぞると乳房全体がぷるると震え、曖昧だった乳首が氷結したように尖ってくる。その乳首を口に含むと、まゆ子さんの口から初めて、<br />　あ、ああ。<br />　と溜息に似た喘ぎ声がもれた。<br />　乳房全体を揉みながら、唾液でヌルヌルにした肉のつぶを軽く犬歯で刺す。それを間歇的にくりかえした。そのたびにまゆ子さんの身体が跳ね、あ、あ、と短い声が上がった。ねえ、夜泣き屋さん。シャープだったまゆ子さんが声がまとわりつくように湿っている。わたし、感じる、まえよりずっと感じるようになってる、あ、ああ。まゆ子さんはせがむように乳房を揺らした。<br />「ぼくより感じるのか」<br />　頭上から低い多田くんの声が響いた。その声で初めて、多田くんが間近で、おおいかぶさるようにしてオレたちを凝視していることに気づいた。ストッキングが食い込んだ亀頭が痛むのか、それより心が痛むのか、多田くんは苦しそうに顔をゆがめている。もちろんペニスは樹上で死んだ蛇のように伸びきったままだ。はたしてこんなやり方で死んだペニスがよみがえるのか。いや、考えてもしかたない。やるだけやってみよう。乳首を吸いながら触るか触らないかの微妙さでうちももをなで上げてみる。ああ、あ、ああ。まゆ子さんの喘ぎ声の間から多田くんの唾液を飲み込む音が聞こえた。<br />「感じるのか、まゆ子」<br />　ああ、感じる、すごく感じるのよ。まゆ子さんは顔を左右に捏ねながら続けた。わたし、体質が変わったの。あのトレーニングのおかげで、不感症も治ったみたい。あ、ああ。まゆ子さんの言葉が喘ぎ声に溶けてゆく。<br />「不感症だった？」<br />　そう。そうよ。わたしも多田くんと同じ。あ、ああ。なにも感じなくなってた。子供を産んでから、あ、ああ、わたしの身体も死んでしまったのよ。手が股間に近づくにつれ肉の感触がどんどん柔らかく変わってゆく。まゆ子さんは大きく開いた股をくねくねと動かしオレの愛撫を求めている。クリトリスが触覚となってオレの指を捜しているみたいだ。<br />「ぼくは聞いてないぞ」<br />　まゆ子さんは目をつむり眉間にしわをよせて腰を揺らし続けている。指がくにゃりとした肉に触れた。ひだはすでに熱い愛液であふれていた。<br />「それ、どういうことなんだ。まゆ子」<br />　どうやら二人の行き違いはまゆ子さんの出産が関係しているようだ。もっともっと感じさせなきゃ真相は聞きだせない。多田くんはそう思ったのかもしれない。<br />「舐めてください。早く妻をいかせてください！」<br />　とオレを急かした。<br />　まゆ子さんのクリトリスはすでにたくましく勃起してクリトリスフードをめくり上げている。テラテラと愛液で光りながらアヌスの収縮と連動し、縮んだり、ふくらんだり、をくり返していた。オレは性器全体に唇を押し当て、勃起した突起を軽く吸った。<br />　あ、ああ、すごい。もれちゃうもれちゃう。<br />　まゆ子さんが激しく首を振って声をあげた。実際、アヌスが収縮するたび熱い愛液が口に流れこんだ。オレは愛液を舌にからめてクリトリスを掃いて、吸った。あ、それいい、いい、いい。クリトリスの硬さがどんどん増してきている。まゆ子さんは快感に耐えているのか、それとも告白をためらっているのか、ソファをかきむしって喘ぐだけだ。アヌスがなにかを吸い込むようにぎゅうっと縮んでゆく。多田くんが、おい、まゆ子、と大声をあげた。<br />「なにがあったんだ。わかるようにいってくれ！」<br />　するとまゆ子さんは絶頂の波が通り抜けるのを待って、いや絶頂で得たエネルギーをそのまま多田くんにぶつけるようにして、大きく息を吸って叫んだ。<br />「わたしが赤ちゃんの口をふさいじゃったのよ！」<br />　オレが顔を上げると、まゆ子さんの顔はすでに汗と涙でびしょびしょだった。<br />　初乳をあげたときよ、わたし、あのとき気を失って、気がついたらおっぱいで赤ちゃんの口をふさいでしまっていて、そのとき赤ちゃんは、もう。<br />　そこでいったん言葉を飲み込み、しぼり出すように彼女は続けた。<br />　わたしのせいなのよ。それからセックスするのが怖くなったの。じっさいなにも感じなくなったの。そのときのことばかり思い出してしまうの。<br />　そういって彼女は黙った。<br />　まゆ子さんをみおろす多田くんの姿が風変わりなかかしのようにみえる。多田くんは途方に暮れた顔をオレにむけると、オレのすっかりしぼんでしまったペニスを確認して、またまゆ子さんに視線を戻した。オレの役目はもう終わりだ。このときオレは思った。<br />　すると、多田くんの低い声が響いた。<br />「社長を勃たせろ」<br />　意外そうに顔をあげたまゆ子さんに多田くんは容赦なく続けた。<br />「君からいいだしたんだ、最後まで続けてもらおうじゃないか。勃たせろよ。ぼくのまえで舐めてみせろよ」<br />　それでもまゆ子さんはしばらく無言で多田くんを凝視していた。<br />「早くやれ。いますぐ、始めろ！」<br />　多田くんはまゆ子さんの眉間のあたりを指差して怒鳴った。<br />その指でわずかに残ったためらいを撃ち抜かれたように、まゆ子さんが涙に濡れた目をすっと細めた。そして、身を乗り出し、オレのペニスに口を寄せた。オレのしぼんだペニスはまゆ子さんのわずかな吸引でツルンと口腔内に吸い込まれた。<br />　吸引とともに湿った息が恥骨のあたりに広がる。まゆ子さんが激しく顔を上下させながら絶え間なく細い舌を亀頭にからみつかせている。ペニスと唇の隙間から時おりぶぶっとはしたない音がもれた。なんてスケベな舐め方なんだ。オレのペニスを吸って、みっともないくらいに頬をふくらませているまゆ子さんをみてそう思った。これがあの朝、オレにハーブティーをすすめてくれた美しい人妻と同じ女なんだろうか。その印象のギャップがオレに力を呼び戻した。舌先が尿道を行きかうと、その疼きを早く放出したくてしょうがなくなった。オレの気持ちを見透かしたように多田くんが叫んだ。<br />「入れてください、社長！　妻を、まゆ子をいかせてください！」<br />　起き上がり勃起したペニスをまゆ子さんに当てた。するとまゆ子さんが待ち構えていたように手を添え、きて、早く入れて、とオレを誘導した。ペニスがやや重い抵抗を感じながら、まゆ子さんに埋まってゆく。<br />　あ、あ、あああああ。<br />　愛液がペニスのまわりからあふれ、睾丸へと伝い落ちるのがわかる。そこはここひと月の屈託を氷解させるようにあたたかく心地いい弾力で満たされていた。溜息がもれた。だがまゆ子さんの手がオレの背中を抱きしめたとき、異変が生じた。ペニスの根元をヌラリと何かが動いた。それがなんなのか考える間もなく、ああ、きて、きて、もっともっと、もっと奥までちょうだい、とまゆ子さんがオレにしがみついて腰を揺すった。そのたびにペニスにすごい圧力で何かが巻きつく。そうだった。これが一、八キロをクリアさせたここひと月の成果なのだ。しかし、その成果はオレの想像をはるかに超えていた。ペニス全体を押し潰すような力がはたらいているというのに痛みはまったく感じない。しかも、その圧があるときは強く、ある場所では小刻みに、さまざまなバリエーションで締めつけてくるのだ。ああ、夜泣き屋さん、わたし、あ、ああ、わたし、ゆるくない？　喘ぎながらまゆ子さんが聞いてきたが、オレに答える余裕はなかった。だめだ。これは気持ちよ過ぎる。このままではアッという間に果ててしまう。危機感を感じ腰の動きを調節しようとすると、多田くんがオレの答えをせがんだ。<br />「どうなんです、社長。なんとかいってください！」<br />「それより、あの多田くん、オレ」<br />　もういきそうなんだ、とこのまま果てた場合を考え保険をかけようとしたのだが、多田くんはその先をいわせなかった。<br />「だからきついんですか、きつくないんですか、どっちなんです！」<br />「いや、きつい、ものすごくきつい」<br />　多田くんは唾液を飲み込み、もっと具体的にいってください、と暗い目でいった。<br />「なんていうか、その、中で、火照った蛇が泡踊りしてるというか、イソギンチャクにフェラチオされてるというか、苦しくて、気持ちよくて、とにかくすごい。こんな感じは初めてだ」<br />　オレがいうと多田くんはカッと目を見開き、火を噴くように叫んだ。<br />「チクショー！」　<br />　そのときだった。目の隅でペットボトルがわずかに動いた。とっさに多田くんの股間に顔をむけると、なんということだ。伸び切ったペニスに、かすかだが芯のようなものが生まれ始めている。<br />「ぼくも、ぼくだって締めて欲しいさ！」<br />　嫉妬と羨望と自分への怒りが、多田くんの血液を逆流させたのかもしれない。またドクンとペニスが太った。それに気づいたまゆ子さんが、<br />「入れて、多田くん！」<br />　と叫び、叫ぶと同時にまたものすごい圧がオレのペニスにかかった。う、と呻き声をあげてオレは腰の動きを完全に停止させた。もう、ちょっとでも動いたらいってしまう。<br />「わたし、やっぱりあなたのがいい。あなたのをわたしに入れて！」　<br />　いうまでもないがたったいま挿入している最中で、しかも必死でいくのを耐えているオレの気持ちなど、誰も考慮してくれてはいないようだった。<br />「わたし、あなたを締めてあげたい。ギュウギュウ締めてあげたい！」<br />　まゆ子、と呻くようにいって多田くんは黙った。きっと言葉ではなくペニスで妻に応えたいのだろう。ううう、と息みながら拳を握りしめた。みるみる顔が紅潮し首筋に血管が浮かんだ。とその首と相似形となってペニスにも大小の血管が浮かび始めた。その光景はオレに巨大魚をヒットさせたときの釣り人の姿を思い出させた。ペットボトルを釣り上げようとするペニスが折れそうな釣竿のようにしなっている。が、獲物はしっかりと床に鎮座したまま微動だにしない。<br />「がんばって、多田くん！」<br />　まゆ子さんが叫ぶとまたヌルっとペニスに圧がからんだ。ああ、できればもうこのままいってしまいたい。でも、たったいま一、八キロと壮絶なファイトをしてる多田くんをまえに、いっちゃいました、で通るはずがなかった。<br />　ぬおおおおおお。<br />　と多田くんが呼気とともにさらに力を集中させた。異様だった。ストッキングが巻かれた亀頭がうっ血し、ヨーヨー風船みたいにふくらんでくる。ペニス全体はまるでこけしだ。<br />「あと少し！」<br />　また、まゆ子さんが力んだ。もうだめだ。オレが観念して引き金を引こうとした瞬間だった。多田くんは腰を突き上げ身体全体を後傾させながら、そう、釣り人がカジキマグロかなにかを釣り上げるときのような格好でむりやりペニスの角度をあげ始めた。もうよせ、折れる。とオレは思った。<br />「もうちょっと！」<br />　ぬががががが。多田くんが雄たけびを上げてさらに腰を突き出す。と、そのときだった。一瞬ボトルがスーっと前後に動いた。わずかだがボトルが床を離れたのだ。それを目にしたまゆ子さんはパッと顔を輝かせ、<br />「きて！」<br />　と叫んでオレの胸を突き飛ばした。のけぞったオレが床に転がり落ちる瞬間、きつく拘束されたペニスが抜けてスポーンとシャンパンそっくりの音がたった。たしかにそれは二人の祝宴の始まりだったのかもしれない。多田くんはグルグル巻きにされたストッキングをほどくと勃起したペニスを握り、それをまゆ子さんに当てた。血管をみなぎらせたヘビー級のペニスが、妖精の尻のようなまゆ子さんの性器にゆっくりと埋まってゆく。<br />　あ、ああああ。ああ。<br />　まゆ子さんのアヌスが陥没するように深く深くしわを刻むと、多田くんの口から、お、おお、と呻き声がもれた。きっとヘビー級をまゆ子さんが猛烈に締めつけているのだろう。羨ましかった。いや、忌々しかった。いやいや、猛烈に腹がたった。なにしろオレはいきそびれて勃起させたまま二人の絡み合いを傍観するしかないのだ。だったら帰ればいいのに、帰ろうとしない自分が哀しかった。　<br />　多田くんはまゆ子さんのうえでダイナミックに腰を上下させている。ペニスが引き抜かれ、埋まるたびに愛液があふれてピチピチと小魚がはねるような音がたった。<br />「あ、ああ。すごい。大きい。やっぱり大きい！」<br />「大きいのがいいか？　やっぱりでかいほうが感じるのか？」<br />「好き！　大好き！」<br />　まゆ子さんは多田くんの腰に両足を巻きつけ、音をたてて多田くんの唇を吸った。そのとき多田くんがまゆ子さんの耳元でささやいた言葉をオレは聞き逃さなかった。<br />　あのとき君は初乳なんかあげていない。<br />　うっとりと閉じていたまゆ子さんの目が見開かれた。多田くんは腰を動かしながら続けた。<br />　子供は産まれたときはもう息がなかった。だから君が初乳なんかあげられるはずがないんだ。すごい難産だったからな、君は気を失ってあのとき幻の中にいたんだ。現実と悪夢が一緒になってしまったんだ。<br />「うそ」<br />　本当だ。ぼくは分娩室ですべてをみていた。君は赤ん坊を生もうと必死だっただけだ。自分の命をかけて子供を産んだだけだ。それだけなのに。<br />　多田くんは絶句して、目に大粒の涙を浮かべた。そして潤んだ声でいった。<br />　なぜ早くいってくれなかったんだ、一人で苦しんで、ぼくたち夫婦じゃないか。<br />　まゆ子さんは、多田くんだって、そう呟いて顔をゆがめた。そして多田くんの首に両手を回し自分から激しく腰をこすりつけた。<br />「あ、ああ。気持ちいい。締めるわよ。もっともっと締めちゃうわよ！」<br />「ああ、まゆ子。すごいよ。締めてくれ。力いっぱいぼくを押しつぶしてくれ！」<br />　二人はどちらともなく腰を動かしながら、呻き、喘いだ。体位を入れ替えた多田くんが、まゆ子さんを後ろから突きながら、振り向いてオレにいった。<br />「社長もいってください」<br />　髪を振り乱したまゆ子さんが振り向きオレに手招きする。二人の意図を一瞬で理解したオレが歩み寄ってまゆ子さんの口元にペニスを差し出す。部屋はすぐにオレと多田くんとまゆ子さんの切羽詰まった声と、体液をかき回す粘り気のある音でいっぱいになった。最初に多田くんが身体を硬直させ、続いてまゆ子さんが尻を痙攣させながら絶頂を迎え、オレはまゆ子さんの口の中で引き金を引いた。そのとき快感とともに不思議な感情が尿道を突っ走った。<br />　いままで嫉妬や怒りとともに射精したことは何度かあった。<br />　だが、胸をうたれながら射精したのはこのときが初めてだった。<br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br /><br /><br /><br /><br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　2008 ＷＥＢＮＯＮに掲載　　　　　　　　　<br /><br /> ]]>
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<dc:subject>官能小説</dc:subject>
<dc:date>2009-05-24T19:41:48+09:00</dc:date>
<dc:creator>月見野ぼっち</dc:creator>
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<title>「禁煙バイブ」</title>
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<![CDATA[ 　梅原ゆきが駅の喫煙所に現れるようになったのは今からひと月ほど前のことだ。<br />　その朝、気がつくと常連愛煙家たちの後ろにみかけない若い女がひっそりと佇んでいた。<br />　くたっとしたボタンダウンのシャツやキャンバス地のトートバッグが妙にさまになる女だった。女はそれが朝の儀式かなにかのように軽く目をつむりじつにうまそうに煙草を吹かした。<br />　意外だったのは女がオレと同じ銘柄の煙草を吸っていたことだ。<br />　そしてこのときからオレはゆきに対してある種の、そう、いわば煙のようにはかない友情を感じていたのかもしれない。<br />　先週、あることがきっかけで生涯初の禁煙を決意したとき、オレがまっさきに思い浮かべたのは喫煙所に立つゆきの姿だった。そして手元に残った買い置き煙草をみてこう思った。<br />　そうだ。この煙草はあの娘にあげよう。いや、むしろ彼女に吸ってもらうべきだ、と。<br />　なにしろ三十年以上も苦楽をともにしてきた煙草と別れるのだ。ゆきと込みで少々派手にさよならしてやろう。そう思った。<br />　翌朝、オレは駅の喫煙所に向かい、そこで押しつけるようにして用無しになった煙草二つをゆきに渡した。<br />　ところがなまじ感傷的な別れ方をしたせいで、オレの禁煙はおかしな方向に進み始めた。<br />　それから三日後の夕刻、駅を降りたオレにゆきの方からこう声をかけてきたのだ。<br />「禁煙、続いてますか？」<br />　面食らったオレが、毎晩煙草を吸う夢をみてる、とか、でも食事はうまくなった、とか月並みな受け答えをしていると、ゆきはまじまじとオレをみつめ、<br />「なんか喉渇いちゃった。よかったらビールでも呑んできません？」<br />　そういって照れくさそうに笑ったのである。<br />　<br />　そんなわけでオレは今、駅の近くの焼き鳥屋にいる。目の前でゆきがうまそうにビールを呑んでいる。オレはいくぶん舞い上がってそれをみている。<br />　ゆきはひと月まえ、勤めていた大手文具メーカーを辞め、この街に越してきたらしい。歳は二十三才。今は派遣の事務の仕事で食いつないでいるのだという。<br />「よくわたしが同じ煙草吸ってたってわかりましたね」<br />　オレの素性はゆきに明かしていない。話したのは鳴海次郎という名前と四十三才という年齢と羽田裏で小さな町工場を営んでいるということだけ。それ以上を話すと若い女が困ってしまう。オレはそういう因果な製品を扱っている。<br />「ケースに入れて吸ってると、銘柄までわからないでしょ？」<br />　ステンレス製の煙草ケースから煙草を抜き取ってゆきはいった。<br />「匂いですぐにわかりましたよ」<br />「あ、そうか。全然違いますもんね」<br />「珍しいなと思ったんです。女で、しかもあなたみたいに若い人が両切りのピースを吸ってるなんて」<br />　そう。オレたちが吸っていたのは両切りのピース。濃紺の缶に詰められた通称ピーカン。自販機ではまず売っていない絶滅危惧種の煙草だった。<br />「やっぱり女でピーカン吸ってるなんておかしいでしょうか？」<br />「とんでもない。仲間に出会えたみたいで嬉しかったですよ。わたし、両切りのピースが国産で、いや、もしかしたら世界で一番うまい煙草だと思ってるから」<br />　希少種になったとはいえピースが煙草の名品であることに変わりはない。オレはピースに刻まれたバージニア葉のストレートな香りを絶賛した。<br />「だったらなぜ裏切ったの？」<br />「裏切る？」<br />　ゆきは煙草に火をつけ、怒ったような、諌めるような口調でいった。<br />「せっかく仲間になれたのに、なぜ煙草をやめたんですか？」<br />　従業員の要望で職場が全面禁煙になって、だから……。<br />　オレは言葉をにごしてジョッキを口に運んだ。禁煙した本当の理由は、懇意にしていた取次ぎ先の仕事仲間が肺癌であっという間に死んでしまったからだ。だが、ゆきと話しているうち、たかが寿命を延ばすために大好きだったピースをやめたことが段々後ろめたくなってきた。それにまだきっぱりケジメもついていない。今もゆきの吐き出す煙のニコチンやタールをつかみ取ろうと、身体の奥から無数の触手が飛び出してきそうだった。<br />「わたしはやめたいなんて思ったことないな」<br />　ゆきはサラサラした短い髪をかきあげ、だっておいしいんだもの、と呟くようにいって黙った。<br />　こうして間近からみるゆきはじつに目に優しい女だった。藍色のＴシャツにほどよく色落ちしたジーンズ姿。ノーメイクなのに唇は鮮やかなピンク色で、所々に光の点が宿っている。あどけなく丸みを帯びた鼻。小さい顔。煙草は肌によくないはずなのに、ツルツルした肌はまるで茹で卵のようだ。<br />「鳴海さんは工場で、なにを作っているんですか？」<br />　こういう質問にはいつも、自動車のエンジン部品、と答えることにしている。よほどの車好きでない限り質問はそれで終わる。だが、なぜだろう。オレはそうしなかった。<br />「ちょっと人にはいえない製品を扱ってるんです」<br />　ゆきがさも興味を引くようにこうほのめかした。<br />「なんですか、それ？」<br />「当ててください」<br />「下着？　女物の？」<br />「そんなんだったら大いばりで人にいえる」<br />「じゃ覚醒剤とか」<br />「合法的な製品です。一応」<br />「工業用ロボット。企業秘密の」<br />「うーん。機械は機械なんだけどもう少し単純かなあ」<br />　なにをいわれてもニヤニヤしながら、秘密です、とはぐらかしていると、ちょっとなんですか？　もう、とさすがにゆきもイラ立ち始めた。<br />「だっていったら引くもの」<br />「引かない。そこまでいっといてずるい」<br />　ゆきは煙草を消して身を乗り出し、オレの間近に顔を寄せていった。<br />「教えてくれたらわたしの秘密も教えますから」<br />　今度は煙草ではなく柑橘系の甘い匂いがオレの鼻先をかすめた。おそらくこのあたりからオレとゆきの形勢は微妙に逆転し始めていたのだと思う。<br />「すっごい恥ずかしい秘密、今までにたった一人の男の人にしか教えていない秘密」<br />「うそ」<br />「ほんとです。だから教えて」<br />「アダルト・グッズ、とくにバイブなんかをこさえてるんです」<br />　あっさりそう告白すると、ゆきはポカンと口を半開きにしてオレをみつめた。<br />　そうなのだ。オレは「夜泣き屋」という屋号の、性玩具、つまり大人のおもちゃの製造業者なのである。本来、見ず知らずの人間に絶対素性は明かさない。そういう噂が広まると妻も子もいる従業員たちが困るからなのだが、<br />「わあ、おもしろーい。そういう人と知り合ったの初めて。アレ、どんな風に作ってるんですか？」<br />　ゆきからキラキラした瞳で聞かれると、もうオレの話は止まらなくなっていた。禁煙のせいでなにかを我慢する力がすり減っていたのかもしれない。オレはバイブの基本構造から、いままで手がけてきた商品の紹介。笑える失敗作。さらに江戸「四つ目屋」に始まる日本の性玩具店の発祥から、電動コケシに至る近代史までベラベラとしゃべりまくり、ふと我に返った。<br />「それで、あなたの秘密は？」<br />「すみません」<br />　ゆきは再び煙草に火をつけていった。<br />「ここでは教えられない秘密なんです」<br />　なんだよ。からかいやがって。話して損した。オレが内心舌打ちしながらジョッキに手を伸ばすと、ゆきはコースターの裏に自分の住所を走り書きし、紫煙の向こうで不思議な笑みを浮かべていった。<br />　知りたければ、明日、わたしの部屋にきてください、と。<br /><br />　どんな秘密かは知らないが、あんなに若くて綺麗な女が一度酒を飲み交わしただけの中年男を、ましてやバイブ製造業者を簡単に自分の部屋に招くはずがない。きっと宗教団体へのお誘いだ。いや、浄水器とか自然食とか怪しい新商法に巻き込もうって腹かもしれない。<br />　翌日の日曜日、オレはなにが起きても落胆しないよう思いつく最悪の状況を想定しながら例のコースターを手にゆきの部屋に向かっていた。<br />　ゆきの住むマンションは駅からバスで二つ目の停留所のすぐ近くだった。<br />　部屋の前に立つと急に気弱になり、ここで帰ろうかとも思ったのだが、右手はしっかりとチャイムを押していた。<br />「いらっしゃい」<br />　ドアが開くと同時に石鹸の匂いがオレを包んだ。現れたゆきは「無印良品」とかで売っていそうな生成りのワンピース姿で、風呂上りなのだろう、まだ髪は濡れたままだった。中年男を招き入れるにしてはあまりに無防備だった。<br />　美人局(つつもたせ)か。咄嗟にそう思ったにもかかわらずオレはゆきに案内されるがままあれよあれよという間に奥の部屋に通され、コーヒーにしますか？　紅茶？　あ、それともビールにします？　と聞かれて、<br />「あ、コーヒーお願いします」<br />　とにこやかに答えていた。<br />　部屋は広めのワンルームで、床の中央にポツンとスチール缶の灰皿が置かれている。壁際にはまだ段ボールが積まれたままで、全体に荒涼とした感じが漂っていた。レース越しの日差しが差し込んだ窓際のベッドだけが唯一ポカポカと暖かそうにみえる。<br />　やがてコーヒーを用意したゆき入って来て、トレイを床に置くと、煙草に火をつけていった。<br />「殺伐としてるでしょ？」<br />　ゆきはこのマンションに越してきたことを、まだ知人の誰にも知らせていないらしい。<br />　ＯＬをしてた頃、付き合っていた男と別れ話でもつれ、その男がストーカー行為をくり返すようになり、身の危険を感じて会社を辞め、転がり込むようにしてここに住み始めたのだという。<br />　オレは必死に禁断症状を抑えながらいった。<br />「その彼なんですか？」<br />「なにが」<br />「あなたの秘密を知っているたった一人の男って」<br />　ゆきは、そう、と淋しそうに笑い、あんな男性に教えたのが間違いだったんです、と独り言のようにいって煙草を丁寧に揉み消し、オレの目にピントを合わせた。<br />「みていただけます？　わたしの秘密？」<br />　そういうとオレの返事も聞かずに立ち上がり、壁際の段ボールのひとつから、ごっつい手錠を取り出していった。<br />「申し訳ありませんが、そのまえに、これ、していただけますか？」<br />　ちょっと待ってください、咄嗟に美人局のことを思い出し、オレは慌てて後ずさったのだが、<br />「変な心配しないで」<br />　ゆきに苦笑していわれると、なぜだろう、あやつられるように両手を差し出していた。ゆきはベッドのパイプに手錠を回し、鎖の分しか動けないようにオレを繋げると、オレに背中を向けてワンピースを肩からバサっと床に落とした。<br />　オレは息を呑んだ。<br />　ゆきは全裸だった。<br />　顔の皮膚同様、白くきめ細かな肌に、レース越しの日差しが映っている。背中や腰、尻とふとももに柔らかい光の濃淡が刻まれていた。<br />　中空に浮かんだ幻のようなその裸体が、ゆっくりとした動きでベッドに腰を下ろした。そのときゆきの喉がゴクリと動き、ゆきも緊張しているのだとわかった。<br />「みてください」<br />　ゆきはそういってオレに向かって脚をＭ字型に開いていった。さらに尻をずらしながら背中を倒し、オレの眼まえで股間をむき出しにした。<br />　これがわたしの秘密です、くぐもった声でゆきはいった。<br />　オレがくるまえに剃刀でも当てていたのだろうか。恥丘には産毛さえもなく、ほっぺたと同じように白くツルリとしていた。だが、問題はその中心だった。<br />　なぜ、わたしにみせようなんて思ったんです、まじろぎもせずオレはいった。<br />　勇気が欲しいんです、とゆきは答えた。<br />「勇気？」<br />「ええ。今までここをみせたことのある人は一人だけ。わたし、今日までその人としかセックスしたことがないんです」<br />「その彼はここをみてなんとおっしゃったのですか？」<br />「こんなもの、みたことがないって……」<br />　おまえの肌が綺麗なのはきっと身体中のしみやホクロ、しわとかたるみとか、みにくいものを全部この一ヶ所に集めているからだ。ここには普段おまえが隠しているはしたなさが全部詰め込まれているんだって。<br />　オレはその男の指摘に感心した。確かにそんな気がする。<br />「ひどい人でした。ひどい人とひどい別れ方をして、それから新しい恋愛に踏み込むことができなくなってしまったんです。人を好きになれないんです。好きになった人にここをみせるのが恐くて恐くて仕方がないんです」<br />　そうしてゆきが訴えている間も、オレは一センチでも近くからそこをみようと必死に手錠でベッドのパイプを引っ張っていた。<br />「他の男の人はいったいどう感じるのか知りたいのです。でもそんなこと好きになった人には頼めないでしょう？」<br />　それを頼まれ、今こうしてもがいているオレはいったいなんなのだろう。<br />「だから夜泣き屋さんのようにわたしとは縁もゆかりもないプロの方にみていただいて、的確で客観的な感想を述べていただきたいと思ったんです」<br />「しかし感想っていったって、そんなこと……」<br />「いいんです。正直におっしゃってください」<br />　じっと目をつむり顔を真っ赤に染めたゆきの顔は、不思議なことに普段よりずっと息づいてみえた。目のまえの性器が同じ女に備わった部位だとはどうしても思えない。<br />　なにかいってください、うめくようにゆきはいった。<br />「正直いって驚きました……」<br />　やっぱり、と絶句したゆきが脚を閉じるとオレは思わず、だめだ、と叫んでいた。<br />「お願いです。もう少し観察させてください。仕事柄、さまざまな女性の持ち物をおがんできましたが、あなたのような形状は初めてです。このように珍しい持ち物は次いつみられるかわからない。いや、もう一生みられないかもしれない。恥ずかしいのはわかるが、わたしのためにもう少し耐えてください！」<br />　オレの愚かな願いが通じたのかゆきの脚がためらいがちに開き始め、グッと首を伸ばすと景気のいい音を立ててオレの首の骨が鳴った。<br />　それにしてもなんと醜怪な女性器なのだろう。<br />　この女の小陰唇は半端じゃない。シェープされた禁欲的な下腹から、怠惰のきわみのようなひだがだらしなく垂れ落ちている。縮緬(ちりめん)皺(じわ)が寄った生々しくブ厚い唇が折り重なった状態で外性器から五、六センチは露出していた。<br />　まるでバカでかい鶏頭の花が咲いてるみたいだ。<br />　オレが思わず洩らすと、ゆきの脚の筋がピクッと震えた。<br />　だが、ゆきはもう脚を閉じようとはしなかった。いいから正直におっしゃってください、と身体中の筋肉を固く緊張させていった。<br />　この印象をいったいどう例えたらいいのだろう。<br />　溶け出した生ゴム。あるいはブルドッグの口。いや、壁に叩きつけられひしゃげた生肉といえばいいのか。ゆきの肌が白くてツルツルなだけに露出したひだとのコントラストが異様に生々しくみえてしまう。それに肉同士が複雑に入り組んでいるせいで、どこがどの部位に当たるのかよくわからない。<br />「あの、すみません。もっと限界まで脚を開いてみてもらえませんか？」<br />　ゆきは必死になって恥ずかしさと戦っていた。詰めていた息を、はあ、と吐き出し抱えた膝を左右に開いた。<br />「もっともっともっと、もっと開いて」<br />　オレは気づかいも忘れて怒鳴っていた。<br />「もっと、恥骨で中の肉を押し出すようにして！」<br />「これ以上は無理です！」<br />　ゆきは眉間にしわを寄せ、ブルブル震えながら叫んだ。<br />「不思議だ」<br />「……どういうことですか？」<br />「あなた、もしかしたら濡れ始めてませんか？」<br />「濡れてなんかいません！」<br />「しかし、ここまで脚を開いているというのに、ひだはピタっと貝のように密着している。こんなことはあり得ない。これはきっと滲んだ愛液が、接着剤みたいにひだ同士を貼りつけているんだ……」<br />　違います、顔にびっしょりと汗を浮かべゆきはいった。<br />　ひだの上部、合わせ目の部分に余った肉が集中しており、どこがクリトリスの包皮に当たる部分で、どこが小陰唇の根元であるのか判然としない。ただ、肉同士がよじれ合い、やけに大きくふくれている。<br />「ご自分でクリトリスは大きい方だと思いますか？」<br />「そんなこと……人と比べたことないからわかりません……！」<br />「オナニーするときわかるでしょう？　このふくれ方から想像するに、軽くそら豆くらいの大きさはある気がするんですが……」<br />　オレの言葉に反応したように、残酷な深い溝からジワーっと愛液が滲んでくる。愛液はごっつい樹皮から滲みだした樹液みたいにキラキラと甘そうに光っていた。オレは今すぐにでも音を立てて吸いたかったのだが、そこまで口が届かない。<br />「オナニーはしてるんでしょ？」<br />　ゆきがさらに顔を真っ赤にして、します、と答えると今度はたっぷりと樹液があふれ、よれ曲がった小陰唇の溝を伝いシーツに小さな染みを作った。<br />「そのときオルガスムスには達しますか？」<br />「いいえ。セックス以外でそういう感じになったことはありません……」<br />　ということは別れたひどい男にいかされてたってことなんだろうか。手錠があるってことはその男とＳＭプレイでもしてたんだろうか。<br />　なんとなく辻褄が合わない気がしてオレが顔をあげると、ゆきは夢から醒めたように起き上がり、<br />「夜泣き屋さん」<br />　と妙に鮮やかな声でいった。<br />「やはり男の人はここがこんなに醜いと興ざめしますか？」<br />「いや、そんなことはない」<br />「本当のことをいってください。わたし、整形手術を受けようかと考えてるんです。でも手術を受けるのも恥ずかしくて。もうどうしていいかわからない。気持ち悪いっていって下さい！　手術をしろって！　そうすれば覚悟が決まりますから！」<br />「病院なんか行っちゃだめだ！」<br />　異様なものをみると意外な本心が飛び出すものらしい。オレは必死にこう叫んでいた。<br />「確かにあんたの持ち物は醜い。異様だ。最初はびっくりする。だけど、それだけじゃないんだ。あんたは顔も童顔だし、肌も白くて綺麗だ。そんなあんたにこんなにグニャグニャで気味の悪いものがはさまっている。それがすごくいいんだ！」<br />「けなしているんですか。なぐさめてるんですか！」<br />「けなして褒めてるんだ。自分でもわからない。それが興奮するんだ！」<br />　ゆきはわずかに首をかしげ、興奮？　と呟くようにいった。なんだかオレの急所をつかんだような言い方だった。<br />「夜泣き屋さん、こんなに変なものみて興奮してたの？」<br />「だから、今、お話しした通りです……」<br />「だったら今、勃起してます？」<br />　ええ、とか、いや、とかオレが口ごもっていると、<br />「証拠をみせてください」<br />　ゆきは凄みのある顔で迫ってきた。<br />「わたしは剥き出しにしてみせたのよ。なに恥ずかしがってるのよ。みせなさいよ」<br />　なにか間違ってるような気がしたが逆らえなかった。事実、ゆきは素っ裸になってオレに身体の奥の奥までさらしたのだ。仕方なくもたもたとズボンを下ろしトランクスを脱ぐと、ゆきは目を細めてオレを確認した。<br />「なによ。やっぱり全然勃ってないじゃない。うそつき！」<br />「それは違う！」<br />　もう充分かっこ悪いというのに、オレはさらに無様な弁明を重ねた。<br />「間近でみてるときはカチカチだったんです。なのにあんたが手術をするなんていうから萎んじゃったんだ！」<br />「ほんとに？」<br />「ほら、みてください。先っぽが濡れてるでしょ」<br />「だったらあそこをみせたらまた勃つ？」<br />「勃ちます。絶対に勃つ！」<br />　気がつくとオレは必勝を誓う野球少年のように胸を張って答えていた。<br />　ゆきはフッと失笑して、さっきよりオレとの距離をほんの少しだけ詰めて再び大きく脚を開いた。<br />「オナニーするときはこうするの」<br />　ゆきの細い中指と人差し指がひだの結び目をとらえると、口の中にみるみる唾液がたまった。<br />「夜泣き屋さんはこのふくらみが気になるんでしょ」<br />　よくみててね、ゆきがそういって指を動かし始める。<br />　密着していたひだとひだがぴっと舌打ちしたような音をたててはがれ、その奥に内包した愛液がトロンと流れ落ちた。指は生々しくブ厚い肉に埋もれて見え隠れしている。肉のせいで指の動きがより複雑で猥褻にみえた。あ、ああ、ほら、みて、クリトリスには直接は触れないの。喘ぎながらいうゆきの言葉がさらにオレを激しく興奮させた。<br />　ここの肉が厚過ぎてね。あ。なかなか指が届かないの。まえの彼からは、おまえは筋金入りの包茎だといわれてたわ。あ、ああ。だから舐めるのがたいへんだって。<br />　まえの男はいったいここをどんな風に舐めていたのだろう。ここを舐めたらどんな味がするのだろう。このブヨブヨした肉の触感はどんな感じなのだろう。オレはまえの男に嫉妬し、痛いほど勃起していた。<br />　あ、あん、ああ、ああ。ゆきの指は肉の中のしこりを押しつぶすようにして動いている。ヌラヌラと濡れて光るひだがひきつれめくり上がった。ゆきはクリトリスには直接指で触れたことがないといった。オレは、その指紋ひとつない生まれたての真珠のようなクリトリスを確認したくて目を皿のようにして探したが、やはり包皮が邪魔でみつかない。ひだはゆきの指にあやつられ奇妙な軟体生物のように肉を揉み合っている。そこからぴちぴちと気泡が弾けるような音が聞こえた。オレはもうその視覚と音だけでいきそうだった。<br />　あ、ああ、ああ。<br />　ゆきの足の指が内側に折り曲がっては反り返った。ときおり左手がじれったそうに桜色の乳首をつねりあげる。そのたびにシーツの染みがジワっと大きくなった。オレはゆきがいく瞬間を目に焼きつけようと息を殺した。<br />　だが、ゆきはいかなかった。<br />　クライマックスを目前に突然オナニーを中断させ、呆気にとられているオレのまえでベッドから降りてしまったのである。そしてダンボールから新しい下着を出してはき、脱ぎ捨てたワンピースを羽織ってオレの手錠を外すと、入口のドアを指差しこういい放った。<br />「わざわざお越しいただいてすみません。でも、やっぱりわたし、この問題は自分で解決します。帰ってください！」<br />　問答無用で部屋から追い出されたオレは、気がつくとフィルムを逆回転させたように帰りのバスの座席で揺られていた。<br /><br />　いったいあの部屋で起こったことはなんだったのだろう。<br />　そもそもゆきはなんでこのオレを相手に選んだのだろう。<br />　オレがバイブ製造業者というだけでは説明がつかない。<br />　別れた男のことを語るときの饒舌さも奇妙といえば奇妙だった。<br />　なにもわからない。<br />　確かなことはただ一つ。<br />　オレがすっかりゆきに魅入られているということだった。<br />　少女のような天然美とそこに備わった異様なひだ。そのアンビバレンツなギャップがオレの劣情を揺さぶり続けていた。ゆきが美しければ美しいほどひだは醜く、そのひだが醜ければ醜いほどゆきは綺麗だった。理由はよくわからない。わからないが、頭の中でずっとゆきの大きな小陰唇がパタパタと蝶のように羽ばたいていた。もう一度、会いたい。あのひだを執拗にこねて、舐めて、はっきりした手ごたえを感じたかった。<br />　あれから五日が過ぎたがゆきは駅の喫煙所にも姿をみせていない。<br />　工場に出ても仕事などする気になれず、オレは日がなゆきの性器にジャストフィットしそうなおもちゃの試作品を作り続けた。何度かマンションにも出向いてみたが、部屋に気配はなく窓の明かりも消えたままだった。そんな夜はむしょうに煙草が欲しくなったが、それでもオレはまだ禁煙を守っていた。ゆきとは禁煙をきっかけに知り合った。だから、禁煙がゆきとの再会を期す願掛けになっていたのかもしれない。<br />　その日は、昼過ぎから雨が降りだしていた。<br />　オレの勤務態度をみかねた従業員で元ソープ嬢のミルクさんが、ついに切れた。<br />「ちょっと社長。明日までに納品しなきゃならないのよ。もっと気合入れて働いてよ。気合を！」<br />　ゆきから工場に電話が入ったのは、その直後のことだった。<br /><br />「これ、いったいどういうつもりですか？」<br />　ゆきはオレを部屋に招き入れると、一通の茶封筒を突き出していった。<br />　この女はよくよく素っ気ない衣服が好きらしい。このまえは生成りのワンピース。今日は上下ともに霜降りのジャージ姿だ。封筒を突き出した右手の袖口に血の点が飛び散っている。その血が雨に滲み、薄赤の斑点をいくつもつくっている。手の甲にも鋭い引っかき傷のようなものがあって、まだ乾き切っていない血が鈍く光っていた。<br />「大丈夫ですか。その傷？」<br />「傷のことなんか聞いてないわよ。これはなにって聞いてんの？」<br />　なにもへったくれもない。昨日の夜、オレがひそかに届けた封筒だった。中にはオレのつくった極小の性玩具とオレが二日もかけて書いた手紙が入っている。<br />「こんなことしてくれって誰が頼んだ？」<br />　ゆきはひどく怒っていた。そこまで怒るほどのことかと思ったが、怒った顔は綺麗だった。綺麗な女には逆らえなかった。<br />「いい歳をした中年男がなに？　読んであげましょうか？」<br />「いや、ちょっと待って」<br />　オレが慌ててゆきの広げた手紙に手を伸ばすと、ゆきはサッとオレをかわして部屋を逃げ回った。<br />「返してください！」<br />　オレはくり返しながらゆきを追った。今すぐ大気圏外に飛び出したかった。手紙には「男心」とか「手首の痛みを思い出し」とか「今宵も眠れず」とか「苦しくて」とか「切なく」とか「逢いたい」とか、昭和のムード歌謡で歌われそうな文言が並んでいるのだ。<br />「すみません。冗談だと思って忘れてください！」<br />　冗談？　立ち止まり振り向いてゆきはいった。<br />「これ、冗談なの？」<br />「いや、冗談じゃないけど」<br />　オレの受け答えはもう支離滅裂だった。<br />「ここに座って」<br />　ゆきが犬の調教師のように床を指差すと、オレは即座に犬と化して行儀よくそこに坐った。ゆきはベッドに浅く腰掛け、封筒から小指の先程の丸いシリコンを取り出していった。<br />「わたしのために特別に作ったって書いてあるけど、どこが特別なの？　説明して」<br />「いやあ、みてわかりませんか？」<br />　気を許しニヤけていったオレの頬にいきなりピシっと平手が飛んだ。オレは一瞬、なにが起こったのかわからず唖然とゆきをみつめた。<br />　ゆきはこっちの鼓膜が切れそうなくらい鮮やかな滑舌でいった。<br />「説明してっていってんのよ。いちいち聞き返すんじゃないわよ」<br />　ゆきの対応はどう考えても普通じゃない。だが、オレの心理状態も異常だった。そういう意味でオレたちはこのとき釣り合いが取れていた。<br />「これをどう使えっていうの？」<br />　という質問に対しオレは待ってましたとばかりに熱弁で答えていた。<br />　先日、あなたはオナニーの際、直接指でクリトリスに触れないとおっしゃいましたよね。なるほど拝見すると包皮が発達し過ぎてそれが困難であることがよくわかった。そこでわたしはこう考えたのです。カンガルーの母親が赤ん坊を育てるときそうするように、袋状の包皮の中に極小のローターをすべり込ませることができないかと。<br />「これがカンガルーの赤ちゃんってわけ？」<br />　ゆきは掌の上のローターに目を凝らしていった。その目に不思議な光が宿っていた。<br />「わたし、こんなに大きな赤ちゃん、育てられるかしら」<br />「しかし、それより小さいローターは作れません。それが今わたしに作れる限界です」<br />　ローターの構造はいたって簡単だ。モーターは携帯電話に使われている全長四ミリの電動モーター。それを薄いシリコンで包んである。バッテリーはクォーツの腕時計などに使用するリチウム電池で、シリコンに圧がかかると振動する仕組みになっている。<br />「試して欲しい？」<br />「もちろんです」<br />「だったら頼みなさいよ」<br />「よろしくお願いします」<br />「もっとちゃんと頼みなさいよ」<br />　オレの反応は素早かった。<br />「わたしの作ったおもちゃを試してください。お願いします。この通りです！」<br />　もう床に額をこすりつけて懇願していた。わずらわしい自尊心を捨てて土下座すると背中に不思議な快感が通り抜けた。これがマゾヒズムってやつなんだろうか。<br />「仕方がないわね」<br />　ゆきは霜降りジャージの下をショーツと一緒に脱ぎ捨て、オレに向かって大きく足を開いた。吸い込まれるようにオレの上体も前傾した。<br />「動かないで」<br />　ゆきの指がひだをひっくり返すようにしてローターを当てる位置を探し始める。入り組んでいるせいで差し込む場所が中々見つからないようだった。オレは指の動きを凝視しながら、そこです、と叫んだ。<br />「入るかな？」<br />「わかりません」<br />　くっと目をつむったゆきが重なり合った包皮の隙間に小さな楕円のシリコンを潜り込ませる。透明なピンク色のシリコンがゆっくりと皮の中に納まってゆく。よじれ合った包皮の縮緬皺がみるみる伸びてゆき、やがてそこがポコっと膨れて光沢を放った。なんだか亀裂の間から小さなペニスが生まれたみたいだった。<br />「クリトリスに直接当たってますか」<br />「当たってるけど」<br />　その感触が意外らしくきょとんとしてゆきはいった。<br />「どうすれば振動するの？」<br />「ちょっと強めに押してみてください」<br />　ゆきは最初は恐る恐る、次第に強く、包皮のふくらみを押した。と鈍い振動音とともにゆきの脚がビクビクっと跳ね、あ、と短い悲鳴を上げてローターから指を離した。<br />「どうですか？」<br />　ゆきは振動に戸惑ったように、ピタッと膝を閉じたまま動かない。<br />「どうですか？」<br />「よくわからない」<br />　我に返ったようにゆきはいった。<br />「わたしには刺激が強すぎるのかも」<br />「もう一度試してみてください」<br />　自分のおもちゃの性能を確かめたくてそういうと、ゆきはオレに目を据えたままゆっくりと首を振った。<br />　もう一度、というオレを無視して包皮からローターを押し出して枕元に置き、窓の向こうをみつめたまま動かなくなった。<br />　ふいに雨足が強くなった。<br />　雨音に背中を押されたようにゆきがジャージの上着を脱ぎ始める。それを床に投げ落とすと、そのままスーッと身体を後に倒し、両手で膝を抱えオレに向かって思いっきり股間を広げ、ささやくようにいった。<br />　舐めて。<br />　オレの目のまえで、長いひだが外性器から垂れ落ちている。複雑な起伏が濡れて光っていた。オレは魔法にかかったみたいに手を伸ばしてゆきの白いふとももをそっと撫でた。おびえたようにゆきの身体がピクンと震えた。うちももに唇を寄せ、薄い皮膚から透けた静脈をなぞった。ももから恥丘にかけてザっと鳥肌がたち、ゆきが窮屈そうに身をよじった。オレはじれったさをかき寄せるように舌を使い、ゆっくりと中心へと近づいていった。みるとすでにひだの合わせ目から愛液が滲み、アヌスに向かって細く伝い落ちている。オレは愛液をすくい取るようにアヌスからひだに向かって舌を這わせた。たっぷりしたゆきのひだを口に含む。ひだは軽い吸引で喉まで到達しそうなくらい頼りなかった。<br />　吸わないで。<br />　さっきとは打って変わったか細い声でゆきはいった。<br />　伸びちゃいそうで、いやなの。<br />　ひだの溝を舌でなぞる。あ。ゆきの手がシーツをつかんだ。腹筋が波のように上下している。その動きがオレを急かしていた。ああ。滲みだす愛液は次第に量を増した。愛液は甘くはなかった。ほんの少しだがえぐみがあった。舌で丁寧に全体を濡らす。<br />　あ。ああ、気持ちいい。<br />　こんな小さなスペースなのに、濡らすのにやけに時間がかかった。舌の付け根が痺れてくる。おまえを舐めるのはたいへんだ。ゆきのまえの男の言葉を思い出した。ゆきはオレの頭髪をわし&#25681;み、あ、ああ、ああ、焦れたように自分から股間を上下に揺すった。オレは舌先を細めて、重なり合ったブ厚い包皮の隙間に潜り込ませた。<br />　あ。<br />　その瞬間アヌスがキュッと収縮するのがわかった。あ、ああ。喘ぎ声も一皮剥けたように鮮明になった。あんなにクリトリスが大きくみえたのは、やはり不自然にひだが重なり合っていたせいだった。舌の裏側に感じる実際のクリトリスはとても小さい。小さいが、敏感だった。窮屈な包皮の中でわずかに舌を動かしただけで、あ、あ、あ、とゆきはアヌスをきゅうきゅう絞ってオレの頭髪をかきむしった。頭皮の痛みが心地よかった。<br />　舌先の感触はもうヌルヌルし過ぎて曖昧だった。かろうじてわかる小さなしこりをオレは舐めた。愛液でぐっしょりと濡れたシーツがマットに張り付き、マットの青い格子柄が透けてみえた。ああ、ああ。ゆきはシーツを爪で引っかきながら尻をずらし身体を反転させると、<br />「わたしも舐めてあげる」<br />　慌しくオレのベルトを解いてジッパーを下げ、舐めさせて、と作業ズボンを下ろした。<br />　急に手持ち無沙汰になったオレが半身を起こしたとき、ペニスがヌラリとゆきの口に吸い込まれた。<br />　ゆきの唇があんまり綺麗なピンク色をしているせいで、オレのペニスがやけに黒ずみ穢れてみえる。それを厭わずじっと目をつむりフェラチオするゆきの顔には、不思議な厳粛さが漂っていた。オレは自分がひどく罰当たりな気がしてきてますますペニスが硬くなった。舌はあったかく、柔らかく、なめらかだった。フェラチオは愚直なまでに素直で、一心で、必死だった。　<br />　オレはむしょうにゆきが愛おしくなり、ゆきを抱き上げて唇を吸った。<br />　オレとゆきはもう唇も舌も唾液と愛液とバルトリン氏液でヌルヌルだった。オレはさらにぬかるんだひだを分けて先を当てた。硬いペニスは重い抵抗を感じながら、あ、ああ、吐息とともにゆきに埋まった。<br />　不思議な感触だった。<br />　長いひだを巻き込んでいるのかもしれない。根元はプヨプヨしたクッションでこすられ、亀頭は程よい圧によって絞めつけられている。腰を動かすたびに愛液があふれてピチャピチャと音がたった。ゆきの睫毛がみるみる切なげに歪んでゆく。<br />　あ、ああ。ねえ、いきたい。いくまで、して。<br />　オレの背中の肉をギュウッと握りしめてゆきは喘いだ。オレはすぐにでもいきそうだった。だが、耐えに耐えて腰を使った。どうしてもこの女に応えたかった。そのとき視界に試作品のあのローターが飛び込んできた。オレがローターを取ると、ゆきがそれを奪い、自分で装着した。<br />　恥骨のあたりにローターのしこりを感じた。恥骨でそれを押した。ブーンと鈍い振動が恥骨に響いた。<br />　あ、ああ。いい。いい。もっと。もっと、して。<br />　ゆきがオレの首にしがみついてせがむ。オレはローターを押しつぶすようにしてゆきの小さなクリトリスに振動を送った。ブーンブーンと羽虫が羽ばたくようにローターが唸った。<br />　いっちゃう。いっちゃう。<br />　ゆきは動きをぎくしゃくさせて叫んだ。<br />　一緒よ。一緒にきて。<br />　顔をパアっと紅潮させたゆきが、あ、ああっ、と全身を硬直させた。のけぞらせた首に血管が浮かぶ。ゆきの口元から一筋よだれが垂れ落ちたとき、オレの尿道をすごい勢いで精液が突っ走った。<br /><br />　荒い息はいつの間にか雨音と入れ替わっていた。<br />　体液でできたシーツの染みまで雨のつくった水溜りのようにみえる。すぐ隣でスポンという音がし、懐かしい香りが鼻先をよぎった。<br />　みるとゆきが両切りのピースに火をつけた直後だった。オレは起き上がり、当たりまえのように手を伸ばしてゆきから煙草を奪った。そして、吸った。火種がパチパチとかすかな音をたてた。頭の中で細かい火花が散る。クラクラした。その痺れが治まるの待ってオレはまた煙を肺に送った。<br />「禁煙、お終い？」<br />　頬にベッタリと張りついた髪をかき上げ、ゆきはオレに灰皿を差し出しいった。<br />　オレは返事をするかわりに苦笑して灰皿に灰を落とした。そのとき、ゆきの手の甲の傷が妙に生々しくオレの目に映った。<br />　するとポツリとゆきがいった。<br />「まえの彼も禁煙を始めたの。突然」<br />　ゆきは窓の向こうの鉛色の空をみながら淡々と続けた。<br />　両切りのピースが煙草の中で一番うまいなんていって、わたしを煙草好きにさせといてさ。子供が生まれたからって、自分だけ禁煙するなんて、そんなのずるいよ。<br />　そういうとオレをみて笑った。哀しげな笑顔だった。<br /><br />　ゆきがこのときなにをいいたかったのか、結局確かめることはできなかった。その直後にかかってきたミルクさんからの怒涛の呼び出し電話によって、オレが工場に引き戻されてしまったからだ。<br />　納品が終わるまで十四時間ぶっ通しに働き、翌日、再びゆきのマンションを訪れると、廊下に佇んでいた冴えないスーツ姿の中年男がボソリとオレにいった。<br />「ゆきなら、もう引っ越しましたよ」<br />　男はすでに管理人から、ゆきがその日の午後、この部屋から出て行ったことを確認したらしい。<br />　どういうことですか、そりゃあ、呆然と口走ったオレに男は逆に質問してきた。<br />「夜泣き屋さんというのはあなたですか？」<br />　怪訝に頷くと男は、<br />「ドアにこんなものが貼ってありました」<br />　と手にした新聞広告を差し出しいった。<br />　広告の裏には、「ありがとう、夜泣き屋さん」とマジックで書かれたゆきの走り書きがあった。<br />「……失礼ですが、ゆきとはどういう関係だったんでしょう？」<br />　咄嗟にどう説明していいかわからず、彼女から悩み事を相談されていたのだ、と答えると男は黙り込んだ。どうやら思い当たるふしがあったらしい。<br />　このあとオレは近くの公園で男から意外な告白を聞くことになった。<br /><br />　ゆきがくり返し話していた「前の彼氏」とは、他でもない、なんと頭の禿げかかったこの中年男だった。ここに越してきた理由もこの男から逃げるためではなかった。逆だったのだ。<br />「妻に子供ができまして、ようやくできた子供だったので、妻を取るかゆきを取るか、悩みに悩んだ末……わたしはゆきに泣いてもらうことにしたのです」<br />　勤め先の上司だったこの男から一方的に関係を清算され、結局、会社を辞めることになったゆきは、男の住むこの街に越してきてストーカー行為をくり返すようになった。そして昨日の昼過ぎ、男の自宅に乗り込もうとして男の妻から包丁で切りつけられたのだという。<br />「たいした怪我じゃないことはわかってましたが心配になって……」<br />　彼女はどうしたら納得してくれるでしょうか、そういうと男は口をつぐみ、オレの手元に視線を落とした。<br />　オレはピースの缶から煙草を抜き取りながらいった。<br />「禁煙なさったそうですね？」<br />「子供の身体に悪いですから」<br />「ここに子供はいない。一本いかがですか？」<br />　オレが煙草を差し出すと、男は意外にあっさりとそれを取って口にくわえた。<br />　オレ達は並んでベンチに坐り、ゆっくりと煙草を吸った。<br />　間が抜けた溜息みたいな煙がオレたちを包むと、ふいに焼き鳥屋でオレを諌めたときのゆきの顔がよみがえってきた。あのときゆきはいった。<br />　なぜ裏切ったの？　せっかく仲間になれたのに、なぜ煙草をやめたんですか？<br />　オレは煙草の灰を落としながら男にいった。<br />「じつはわたし、彼女とは禁煙がきっかけで知り合ったんです」<br />　ゆきがなぜオレを選んだのか。少しだけその理由がわかった気がした。<br />　ゆきはこの男とオレを重ね合わせ、オレの禁煙を断念させようとしていただけだったのではないか。そのためにオレを誘い、オレに秘密をさらけだしてみせたのではないか。ストーカーなんかやめたくて。でも、どうすることもできなくて。そのもどかしさと屈折をオレにぶつけていたのではないか。<br />「ご覧の通りわたしの禁煙は終わった。きっと彼女はもうあなたのまえにもわたしのまえにも現れない。この煙草の煙みたいにね」<br />　オレは煙草を棄て二本目に火をつけながら思った。<br />　オレはもう二度とこの煙草をやめられないだろう。そして煙草を吸うたびゆきの祈るようなフェラチオを思い出すことになるだろう。<br />「あのう、禁煙が今度のこととどう関係しているんでしょうか？」<br />　ゆきはオレの作ったあのおもちゃを荷物に詰めてくれたのだろうか。オレは苦い煙を肺に送りながら、そのことばかりが気になっていた。<br /><br /><br />                                                                                           〔2008,１月　ＷＥＢＮＯＮ掲載〕<br /> ]]>
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<dc:subject>官能小説</dc:subject>
<dc:date>2008-06-30T15:43:50+09:00</dc:date>
<dc:creator>月見野ぼっち</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
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<title>「五分三十秒」</title>
<description> 　　　　　　　　　　　　　　　この応接室は、あるいは懺悔室に似ているかもしれない。　客は他人には絶対いえない秘密をこの部屋でオレに打ち明け、口ごもりながら愚かで恥辱に満ちた夢を語り、オレの赦しを乞う。　つまり、むちゃくちゃ罪つくりなバイブレーターを発注してくる。　よりグロテスクで凶悪なものを望む客もいれば、大きさに、あるいは振動に、シリコンの質感に執着する客もいる。中には、バイブの中に極小のピンホ
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<![CDATA[ 　　　　　　　　　　　　　　<br />　この応接室は、あるいは懺悔室に似ているかもしれない。<br />　客は他人には絶対いえない秘密をこの部屋でオレに打ち明け、口ごもりながら愚かで恥辱に満ちた夢を語り、オレの赦しを乞う。<br />　つまり、むちゃくちゃ罪つくりなバイブレーターを発注してくる。<br />　よりグロテスクで凶悪なものを望む客もいれば、大きさに、あるいは振動に、シリコンの質感に執着する客もいる。中には、バイブの中に極小のピンホールカメラや小型マイクを仕込んでくれというマニアックな客もいるが、オレはそれも赦す。対応できる注文ならどんなバイブだってつくる。<br />　しかしそんなオレでも、<br />「結論から申し上げて無理です。そういう製品はつくれません」<br />　注文を断ることだってある。<br />　オレの名は鳴海次郎。羽田裏で性玩具の製造工場を営んでいる。屋号は「夜泣き屋」という。本来は既製品のバイブレーターを作っているのだが、納品先の親会社に「特注」の依頼が入るとこうして事務所に呼び出され、客から注文を聞くことになっている。<br />　税理士だと名乗るその男の注文はじつに他愛のないものだった。自分のちんぽと寸分たがわぬバイブレーター、つまりは自分の分身、ちんぽのレプリカをつくってくれという注文であった。<br />　つくれない？　税理士は意外そうに目をしばたいてオレをみつめた。<br />　歳は四十半ばだろうか。ワイシャツの首回りがスカスカして、ジャケットも不自然なくらい大きく、髪はあきらかなかつらである。税理士というより間に合わせの衣装で舞台に上がったお笑い芸人のような男だった。<br />　税理士は納得いかない様子で、薄ら笑いを浮かべていった。<br />「しかし、あの、どういうんでしょう。わたしには簡単にできそうな気がするんですが」<br />　そう。理屈では簡単にできる。まず映画の特殊メイクなどに使うコピックという凝固剤をつかって勃起したちんぽの型をとる。そのコピックの凹型にシリコンを流し込みさえすればちんぽの血管まで再現したスーパーリアリズムのバイブの一丁上がりだ。<br />「そんなに簡単なことがなぜできないんです？」<br />「凝固剤の凹型がとれないんです」<br />「わからないな。だって特殊メイクはできるんでしょ」<br />「顔の型はとれてもペニスの型はとれないんです」<br />　わかるようにいってください、と税理士はイライラしたようにいい、オレは一語一語区切るようにしてこう答えた。<br />「凝固剤が固まるまで最低でも五分三十秒の時間が必要なんです」<br />　五分三十秒？　きょとんとした顔で税理士はいった。<br />「人間の顔は何時間経とうが変わりません。でもペニスは刻々と形状を変えるでしょう。勃起したペニスは」<br />　ちょっと待ってください、税理士は失笑した。<br />「自慢じゃないが、わたし、最低でも十五分はもちます」<br />「それは女性としてるときじゃないんですか」<br />「自分でするときはもっともちます」<br />　もちませんよ、オレはついつい声を荒げた。というのもこれまで同じ注文に何度もトライしたことがあったからだ。だが、一度としてそのバイブが完成したことはなかった。クライアントがみな二分ともたずに挫折してしまうからである。ちんぽの根元をしばろうが、何錠バイアグラを飲もうが結果は同じ。実際一度でもためせば、凝固剤の冷たいジェルの中が勃起にとっていかに過酷な環境であるかがよくわかる。<br />「わるいことはいいません。あきらめた方がいい」<br />「しかし、わたしにはもう時間がないんです」<br />　税理士はそういうとうつむいて黙りこんだ。<br />　応接室の時計の音がやけに耳についた。なんとなく嫌な予感がした。やがて税理士は追い詰められたように顔を上げ、まっすぐにオレをみていった。<br />「わたし、癌なんです」<br />　応接室に差し込んだ微光が税理士の顔を照らしている。<br />　落ちくぼんだ眼窩や浮き出た頬骨に刻まれた陰影がやけにくっきりとオレの目に飛び込んでくる。<br />　するとついさっきまでお笑い芸人だったはずの税理士が一転してヒューマンドラマにでてくるような悲劇の人に変わっていた。<br />　でもヒューマンドラマにバイブレーターは似合わない。<br />　オレは混乱した。<br />　すると税理士はオレの動揺を見透かしたように追い討ちをかけてきた。<br />　自分は余命三ヶ月の告知をうけた肺癌患者で愛する妻のためにどうしても自分と生き写しのちんぽを遺したいのだ、と。<br />　安請け合いはしたくはなかった。<br />　かといってオレはこういう依頼を言下に断れるほどクールでも合理的な男でもなかった。<br />「形見をつくりたいのです。お願いします！」<br />　税理士はそういってオレにとどめを刺した。<br /><br />「デスマスクっていうのは聞いたことあるこど、デスちんぽってありっすか」<br />　作業の準備をしながらアルバイトの南雲クンが愚痴ると、元ソープ嬢のミルクさんが笑って答えた。<br />「仏壇に供えてさ、おりん叩くのよ。チーンなんて」　<br />　熟練のネジ切り職人だった滝さんは仕事中滅多に口を利かないのだが、<br />「いや叩くなら二回だ。チンチンだからな」<br />　珍しく冗談をいったりして工場の雰囲気は、まあ、なげやりに明るかった。<br />　工場に看板は出していない。表向きは自動車の機械部品を扱っていることになっている。　　<br />　税理士は道に迷ったらしく、約束の時間より少し遅れてやってきた。濃厚な死の匂いをただよわせた当人を目の前にすると従業員たちはさすがに神妙になった。<br />　そのうえ税理士は背後に女をしたがえていた。<br />「妻の葉子です」<br />　そう紹介されてもオレたちはうまく反応できなかった。<br />　女があまりに若く美しかったからだ。<br />　歳は二十五、六才。背はあまり高くはなく、黒いニットが豊かな胸を締めつけ、ウエストにくびれたカーブを描いている。ぽってりした唇が愛らしく、しかし切れ長の目は冷淡で、なつかしいものと残酷なものが混ざり合ったような不思議な魅力をただよわせている。<br />　早く済ませましょうよ、若い妻はそういって税理士を急かした。<br />　<br />「まず作業の手順を簡単にご説明します」<br />　工場の中二階は従業員控室になっていて、部屋の奥に小座敷のような三畳間がある。小座敷の下のリノニウムの床には、すでに粉末の凝固剤コピックと水とバケツ、そのバケツを股間に固定するためのベルトなどが用意されている。<br />「税理士さんには、我々が凝固剤と水とを混ぜ合わせてる間に、勃起させてもらうわけなんですが、このタイミングが重要なんです。早く勃ちすぎてもだめ。もちろん遅すぎてもだめ」　<br />　勃起は凝固剤がジェル状に変化したジャストモーメンツになされねばならない。なにしろその直後にちんぽは冷たいジェルの中で五分三十秒の間、硬さを保たなくてはならないのだ。勃起時間は数秒だって無駄にはできない。<br />「人が居て気になりませんか？」<br />「いや、居てくださった方が助かります。わたし、むしろ見られていたほうが燃えるたちなんです」<br />　税理士はそういってチラッと若い妻をうかがい、なあ、と媚びのある笑みを浮かべた。若い妻も笑ってうなずいてみせたが、すぐに真顔にもどって税理士から顔をそむけた。<br />「それじゃあ一度、段取りだけおさらいしておきましょうか」<br />　もう覚悟は決まっていたのだろう。税理士はオレの指示にしたがい、するするとスラックスを落としトランクスを脱いだ。<br />　見慣れた控室の風景に、奇妙な違和感が走ったのはそのときだった。<br />　税理士の腰や脚は痛々しいほどやせ細っていた。最初は痩せた下肢との対比でそう見えるのかと思った。だが、やはり違う。でかい。税理士のちんぽが理屈に合わずでかすぎるのだった。<br />「上着も脱いだほうがいいでしょうか？」<br />　オレは返事も忘れてこの男のちんぽに見入っていた。こんなもんみたことない。ゆうに赤ん坊の腕か小振りの大根くらいはある。圧倒されていたのはもちろんオレだけではなかった。南雲クンもミルクさんもあの滝さんまでもが作業の手を止め、ぶら下げていることすらしんどそうなそこを凝視していた。<br />　<br />　ペニスのレプリカなどできるはずがない。<br />　いってみればそれを税理士に納得させるためだけに引き受けた仕事だった。<br />　だが、みればみるほど税理士のちんぽは異様な存在感を訴えていた。なにしろそこだけが痩せていない。亀頭は血色のよい淡い桜色をしており、幹の部分は不気味なくらいドス黒く、野太い血管が幾筋も這い回っていて、健康というより獰猛な生命力にあふれていた。きっとこのときオレも従業員たちも知らず知らずこう感じ始めていたのだと思う。雨にも風にも末期癌にも負けないこのデカちんぽなら前人未到の五分三十秒を乗り切れるのではないか、と。いつの間にか全員の作業にも活気がでていた。<br />「ご主人を刺激するもの、持ってきてくださいましたか？」<br />　準備が整うとオレは小座敷にぼんやりと坐っている若い妻に声をかけた。<br />　すると若い妻は持参した紙袋から、こんなものですけど、と数冊の写真集をだしてみせた。ほとんどがありきたりのヘアヌード写真集だった。<br />「それじゃいってみよう」<br />　オレの号令とともに従業員達がサッとおのおののポジションに動いた。<br />　滝さんがバケツに水を注ぎ、すごい早さで凝固剤をかきまぜてゆく。<br />「税理士さん、凝固剤の粘り具合に合わせて勃たせてください」<br />　税理士は小さく頷き、筋張った細い指を陰茎にからめた。その指を凝固剤の変化に合わせて慎重に動かし始める。<br />　やがて陰茎にジワジワと芯が生まれ、ちんぽ全体がゆっくりと角度を上げ始める。<br />　すると南雲クンの口から、おお、とうめくような声が洩れた。確かにそれは荘厳とも思える光景だった。硬度を増すにしたがいちんぽの奥からミシミシと肉がきしむ音が聞こえる気がした。グングンみなぎってゆく陰茎はやがて税理士の指の輪をぶっちぎり、ついに鋭い角度でそそりたった。<br />　圧巻だった。亀頭の薄い皮膚はピンと張り詰めて光沢を放ち、幹はドクンドクンと脈打つ血管とともにボディビルダーの筋肉のように緊張していた。<br />　同時に、よし、できた！　と滝さんが叫んだ。<br />　凝固剤がジェルへと変わったのだ。ジェルで満たされたそのバケツをミルクさんが取ると、素早い動きで税理士のそそり立ったちんぽにかぶせた。同時に南雲クンがストップウォッチを押す。<br />　いよいよ五分三十秒の始まりだ。<br />「これでイメージを高めてください。妄想して！」<br />　ミルクさんが税理士の股間にベルトでバケツを固定する間に、オレは写真集の一冊を税理士に渡した。<br />　税理士はひったくるようにそれを取ると次々とページをめくった。税理士が選んだのは乳房を両手で持ち上げながら微笑している女の子の写真だった。税理士はまるで透視でもこころみるように女の子に集中した。<br />「一分経過！」<br />　一分三十秒、二分、と南雲クンが刻々と経過時間を告げる。<br />　税理士の様子に変化があらわれたのは二分三十秒を経過した直後だった。ついに写真の効力が切れたのだろうか。税理士は写真集を叩き捨て、薄い胸をポンプのように息ませながら下半身に血液を送り始めた。みるみる目が血走り、こめかみに蛇のような血管が浮んだ。夜叉のような形相であった。<br />　滝さんがグッと拳を握りしめ、ミルクさんは祈るように両手を合わせた。<br />　そして三分まであと数秒というときであった。<br />　税理士の口からブハっと奇妙な息が洩れると、そうでなくても痩せた税理士の身体がみるみる小さくなり、穴の空いたダッチワイフみたいにカサっと床にへたり込んだ。その拍子にかつらがずれひな鳥に似た頭皮がむきだしになった。<br />　オレたちはその場に立ち尽くし税理士を見下ろしていた。<br />　動かなくなった税理士の姿は、終末をテーマとした奇怪なオブジェのようだった。<br />　すると若い妻がスッと歩み出て税理士の背後に回りこみ、ベルトをゆるめてバケツを剥がし、凝固したジェルを確認した。ジェルの中央にはポツンと萎えたままよじれてしまったちんぽの名残があった。もちろん失敗だった。<br />　若い妻が、これで気が済んだでしょ、とささやきながら下着を差し出すと、税理士は妻でなくオレに向かっていった。いや、いきなり叫んだ。<br />「明日、もう一度やらせてください！」<br />　面食らったオレが絶句していると、税理士は立ち上がりオレの腕をつかんで懇願した。<br />「実際にやってみてわかったんです。まだ方法がある。できる。わたしは絶対にできる。お願いします。もう一度だけトライさせてください！」<br />　オレは弱りきって若い妻を見たが、若い妻も途方に暮れたようにオレをみつめ返すだけだ。<br />　明日の同じ時間また来ます、準備をしておいてください、税理士はそういいながら慌しく着替えを済ませて控室を出てった。若い妻はオレたちに向かい、よく言い聞かせますから、とだけ言い残し税理士を追って出てった。<br />　オレたちは無言でバケツに歩み寄り、もう一度凝固したジェルをみつめた。そこにはちんぽの名残を取り囲むようにむしりとられた陰毛が突き出ていた。<br />　抗がん剤って下の毛も抜けるのかしら、ミルクさんがポツリといった。<br /><br />　いったい税理士にはどんな勝算があるというのだろう。<br />「まいりましたよ、夜泣き屋さん。徹夜ですよ、徹夜！」<br />　翌日も妻をしたがえやってきた税理士は異様にハイテンションだった。<br />　寝ないで妻を説得したんです、どうせ死ぬんだから、そう後生だからってね。税理士はそういいながら控室に入ると振り向き、オレにいった。<br />「今日はね、あなたにも参加していただきますよ、夜泣き屋さん」<br />　そりゃあ、もちろん協力はいたしますが、とオレがしどろもどろに答えると、税理士は小さく首を振りながら、いや協力ではない、参加です、と若い妻の両肩を&#25681;んでオレの目の前に突き出すようにしていった。<br />「妻を抱いてください」<br />　わずかなリアクションもとれずにオレは黙った。<br />「あなたをプロとしてお願いしているのです。わたしの目の前で妻を歓ばせてやってください」<br />　それでも黙ったままのオレに税理士は奇妙な笑みを浮かべて迫ってきた。<br />「わたしはじつに嫉妬深い男なんです」<br />　顔は笑っているのに目だけがほの暗く、不気味だった。<br />　嫉妬というやつはね、これはもうモンスターです。女を愛すれば愛するほど育ってしまう化け物なんだな。わたしは今までこの化け物を必死になって飼いならしてきた。しかし、もういい。死ぬ前にこいつを解き放ってあげたい。なぜならこのモンスターはわたしを苦しめると同時にものすごいエネルギーを与えてくれるからです。この気持ち、夜泣き屋さんならわかりますよね。<br />　そういいながら税理士はヌっと顔を近づけオレの肩をつかんだ。<br />「大暴れさせてくださいな、わたしのモンスターを」<br />　ちょっと待ってください、オレが税理士の手を振り切って叫ぶと、<br />「待たない！　わたしに待ってる時間はない！」<br />　税理士は若い妻をチラッとみてから、<br />「これはすでに妻も納得していることなんです」<br />　といって下半身をまる裸にし、茫然とたたずんでいる従業員たちにいった。<br />「申しわけない。マットか布団のようなものはありますか」<br />　するとミルクさんがハッと我に返って、ありますあります、と大慌てで小座敷の押入れから布団を引っ張り出し、南雲クンはシーツ代わりのタオルをロッカーから取り出し、滝さんまでティッシュを用意し始め、全員があわただしく準備に動き始めた。<br />「ちょっと聞いてください」<br />　税理士の一言で従業員達はピタッと動きを止めて耳をすませた。<br />「いいですか？　今日はみなさんの作業より先行して夜泣き屋さんに妻とからんでいただきます。その間に凝固剤はいつでも混ぜることができるように準備しておくこと。そして夜泣き屋さんと妻の行為が充分に盛り上がったとき、わたしからみなさんに指示を出します。それからは昨日と同じ段取りで」<br />　オレ以外の全員が声をそろえて「はい！」と税理士に答えた。<br />　いつの間にかオレと税理士の立場は完全に逆転していた。<br />　オレはすっかり動転して、腕組みをして小座敷をみつめている若い妻に向かい、本当にいいんですか、と尋ねると、若い妻はなげやりな笑みを浮かべ、しょうがないでしょ、と呟き羽織っていた薄手のカーディガンを脱いだ。どうやら動転しているのはオレ一人らしい。それがわかるとオレはさらに動転した。<br />　どうしよう。<br />　確かにオレはセックスのプロではあるけれど、それはあくまで道具にかんするプロであって実技のプロではないのだ。いや、そもそも道具に執着するのは実技にさほど自信がないからであって、しかもそれはオレの心の奥にずっとしまってある秘密で、そんなオレが人前で女なんか抱けるわけないじゃないか、と激しいパニックに見舞われているうち、<br />「布団の位置はこれでいいですか」<br />　小座敷の準備はすっかり整っていた。<br />　すると若い妻がスッと小座敷に上がって税理士にいった。<br />「服はどうします？　着たままで始める？」<br />「いや脱いでからやってくれ」<br />　若い妻が淡々とブラウスのボタンを外し始めると、税理士と従業員たちの視線が壁際で怖気づいているオレへと移った。ふざけんな、と思ったが、実際のオレはヘラヘラ笑いながら、<br />「わかったって。やるよ、やるって、もう」<br />　と作業着を脱ぎ始めていた。<br />　だが税理士の巨根のまえで自分のちんぽを開陳する勇気はなく、オレは思春期の中学生のようにこそこそ股間を隠しながらトランクスを脱いだ。そのせいで下半身をむき出しにしたまま仁王立ちした税理士の態度がますます立派にみえた。<br />「ねえ、社長。どうせなら靴下も脱いでくれない。履いたまんまだとみてる方だってシラけるから」<br />　ミルクさんがいうと、南雲クンまでが、しかも五本指靴下じゃね、と鼻で笑った。<br />　オレはのたうつような奇妙な動作で五本指靴下を脱いで小座敷に上がり、そして息を呑んだ。<br />　真向かいにオレとは別の生物が正座していた。<br />　すでに素っ裸になっていた若い妻の肌は、くすんだ控室の風景をそこだけ切り抜いたように白く、差し込んだ西日が乳房に金色の曲線を描いていた。女は腰も脚も細めで顔も小さいのに乳房だけが異様に大きい。その重量にたえかねて華奢な鎖骨がしなっているようにみえる。男を倒錯させ、煽情するために組み合わされたようなめちゃくちゃに猥褻な裸体だった。<br />「始めなさい」<br />　税理士の低い声が響いた。<br />　オレは恐る恐る顔をあげて若い妻をみた。<br />　無表情な若い妻がなにを考えているのかはわからなかった。若い妻はただ小さく頷いて、オレに身体をずらした。オレの首に両手を回すと顔を寄せゆっくり舌を差し込んでくる。女の口の中は今まで氷でも含んでいたようにひんやりしていた。しかし押し付けられた乳房は柔らかくあたたかった。舌はねっとりとオレの口腔をくまなく動いた。オレがその動きを追い、追うと逃げた。オレは次第に焦れていつの間にか夢中になっていた。<br />　若い妻の首筋に舌を這わせ乳首をつまんだ。薄桃色の大きな乳輪からわずかに盛り上がった曖昧な乳首がきゅうっと固くなった。縮んだ乳首を口に含み、軽く吸うと、あ、若い妻の乳房がプルルと震えた。演技じゃない、感じてるんだ、とわかるとオレはすっかり嬉しくなってじれったいほど甘く舐めた。若い妻は身体から疼きを追い出すように上体をくねらせ始め、やがてその切なさに耐えかねたようにかすかに喘ぎながら、噛んで、犬歯で、とオレの耳元でささやく。オレは硬い乳首に犬歯で鋭利な痛みを与えながら、吸って、捏ねた。あ、あ、短い息づかいとともにオレの肩を&#25681;んだ若い妻の手に力がこもった。若い妻の手がどんどん熱くなってゆくのがわかる。<br />「その体勢じゃわからないな」<br />　税理士の声がし、オレは横目で税理士の状態を確認した。税理士のちんぽはすでに怒り狂っていた。<br />「わからない。その位置ではおまえがどんなにスケベな女かわからない。こっちに尻を向けろ」<br />　妻は一瞬オレをみて躊躇したが、観念したように尻をずらした。<br />「突き出せ」<br />　オレの目の前で妻の尻がゆっくりと上昇してゆく。若い妻は両肩を畳みにこすりつけるようにして、尻だけをグッと突き出してみせた。その尻は名工がつくった白磁のような絶妙なまるみがあり、西日をなだらかに映している。<br />「夜泣き屋さん、のぞいてやってください」<br />　内側をひっくり返すように突き出した尻の中心で、アヌスが放射状の細かい影を刻んでいる。<br />「濡れていますか？」<br />　折り重なったひだには、アヌスよりくっきりした残酷な影が差していた。その中心のより深い切れ込みにはすでにたっぷりと透明な愛液が湧いている。愛液は表面張力によってかろうじてそこに留まり、西日を透過してキラキラ光っていた。すごいです、あふれてます、もうこぼれ落ちそうです、とオレはいった。<br />「この女はね。みられると興奮するたちなのです。ヒタヒタに濡らしてしまうのです。どうしようもなくスケベな女なのです。なあ、そうだよな、葉子？」<br />　確かに若い妻はそういう女なのかもしれない。はい、とくぐもった声で答えた瞬間、折り重なったひだがたわんで表面張力の均衡が崩れた。トロンと流れ落ちた愛液は陰毛を伝ってちぢれた毛の先にしずくを作った。<br />「どうして欲しいんだ、葉子？　みなさんの前でしてもらいたいことをお願いしてみろ」<br />　固く目をつむった若い妻の顔がみるみる赤くなった。眉間で揉み合っているしわが、それを口にするべきかどうか逡巡している。<br />「さあ、どうして欲しい？　いえ」<br />　若い妻がようやく蚊の泣くような声で、舐めて、と呟く。<br />「どこを舐めて欲しい？」<br />　容赦なく税理士はいった。<br />　若い妻は、いやいやと何度か首を振ったが、そうして拒むことで自分の快感を高めているようにもみえた。若い妻はやがて大きなかたまりを吐き出すように、<br />　クリトリスを、舐めてください、<br />　といい、背中を大きく波打たせた。その拍子にトクンっとまた愛液が流れた。<br />「だったらまず舐めやすいように皮をむけ。むきだしにしろ。いつもそうしてるだろう」<br />　言葉にあやつられたように下腹から右手が回されてくる。白く長い指が切れ込みの頂点を押さえた。人差し指と中指でできたＶの字が、ぴっとかすかな音をたてて切れ込みを開く。めくり返されたひだの色は健康そうな爪の色よりいくぶん濃かった。その色の対比があざやかで猥褻だった。指が開いたひだを下にずらす。オレの間近で薄い包皮がにゅうっとひっくり返ってゆく。<br />　どうですか、夜泣き屋さん、と押し殺した声で税理士はいった。<br />「妻の状態を教えてください」<br />　包皮の間から生まれたクリトリスは、やけにはっきりとした形をしていた。オウムの舌に似ている。よくみるとその舌はいいたいことをいえなくていらだったように先端をこね合わせている。<br />「夜泣き屋さん、この女はどうなっていますか？」<br />　それにしてもこんな報告をするオレの役回りは間抜けだった。オレはいった。<br />「かなり大きくなって、そいでもって動いています」<br />　税理士は素っ頓狂な声で、もう大きくしてますか、とことさらに驚いてみせ、<br />「まだ触ってもいないのに、みっともない！」<br />　吐き捨てるようにいうと、その言葉に反応したかのように若い妻のアヌスがキュッと収縮し、切れ込みの間から愛液が絞りだされトロトロと垂れ落ちてゆく。愛液に浸ったクリトリスはガムシロップをかけたタルトみたいにテラテラ光っている。南雲クンの唾液を飲み込む音が聞こえた。<br />「舐めてやってください」<br />　税理士の許しが出ると同時に、オレはもう妻の尻の間に顔を押しつけ、夢中でクリトリスを舐め上げていた。あ、ああ。若い妻の声が薄い皮膜をやぶったように鮮明になった。クリトリスはむき出しにされているせいで口の中でもはっきりと形がわかった。先端は尖り、根元はペニスの勃起に似た重いしこりが生まれていた。オレはそのしこりを先端に運ぶようにして舌を滑らせ、軽く吸った。<br />　ああ、いい、いいっ。<br />　若い妻はオレの鼻先できゅうきゅうアヌスのしわを揉み合い、なだらかな尻にザっと鳥肌が立った。吸引したクリトリスを前後左右に舌で掃くと、あ、ああっ、それ、たまらないっ、と突き出した尻を揺すってオレをせがんだ。<br />　税理士はとり乱す妻をみて手応えを感じたのだろう。始めてください、と滝さんに指示した。滝さんが凝固剤を混ぜ始めるのが気配でわかった。気がつくとオレの舌も滝さんのリズムに同調して動きを早めた。あ、ああ、ああ。若い妻の背中が蛇のようにくねくねうねった。そのとき凝固剤がジェルへと変わったのか、装着します、というミルクさんの声がして、ストップウォッチを押す金属音が響いた。<br />　いよいよ五分三十秒が始まったのだ。<br />　が、すでに若い妻の悶え方はあられもなかった。<br />　ああ、ああ、いかせていかせてっ。<br />　まるで尻の痒みに耐えかねたように激しく尻を上下させ自分で刺激を高めていた。たよりないひだの感触と硬いしこりがオレの舌と唇をヌルヌルとすべった。<br />　まるで犬だな、税理士は舌打ちして若い妻に言葉をぶつけた。<br />「皮膚病の牝犬だよ。そこまではしたない女だとは思わなかった。おまえには恥というものがないのか？」<br />「だめよ。もう我慢できないの。あ、ああっ」<br />「尻を振るな、犬！」<br />「だったらどうしたらいいの。わたし、どうしたらいいですか！」<br />　若い妻が切羽詰った声で叫ぶと、背中に浮かんだ汗が弾けたようにわき腹に散った。<br />「まずおまえが舐めろ。夜泣き屋さんにおまえが口でして差し上げるんだ」<br />　オレと若い妻はすでに完全に税理士の言葉に支配されていた。オレはすぐさま身体を反転させて妻に股間を向け、妻も飢えた子供のようにオレのちんぽを握った。握られると税理士と比べオレのちんぽがいかに粗末かよくわかったが、次の瞬間には妻がそれを一気に根元まで吸い込んでいた。ヌラリと動いた舌が何重にも陰茎に巻きついた気がした。細いから舌が余ってしまうのかと思うと哀しかったが、どうしようもなく気持ちよかった。若い妻の口が重い圧力を加えながら上下にすべり始める。顔を振るたび大きな乳房が揺れて、乳首がふとももをかすった。じっと目をつむった若い妻はフェラチオしているというより、無心でオレの尿道から体液を吸いあげているようにみえる。<br />　いや、実際オレの体液はみるみる妻に吸い寄せられていた。<br />「一分経過！」<br />　うそ。もう三分以上は経ってる気がしたのに。まだ一分だって。冗談じゃねえぞ。まだ四分半もあるのか。いうまでもないことだが、このときオレの体内時計はちんぽを中心にまわっていた。その体内時計を妻の舌が早まわししているのだ。<br />　オレは混乱して税理士をみた。すると税理士は税理士で必死だった。サラダオイルのような汗でぬらぬらになった顔をゆがめ、若い妻の舌技を凝視していた。<br />　いまや税理士とオレは一人の女を挟んだネガとポジ。あるいは勃起における光と影の関係であった。税理士は冷たいジェルに浸り、オレは若い妻のやわらかい舌に包まれ、ともに五分三十秒という途方もない時間を乗り切らねばならないのだ。どっちが先に萎えてもそれで終わる。しかも皮肉なことに妻の行為が乱れるほど税理士は硬くなり、一方オレは射程距離が縮まってゆく。<br />　いや、待ってくれ。もう距離なんてないに等しい。ねるぬるした舌は、亀頭を絞るように這い回っている。あ、ああ。もうだめだ。いく。いってしまう。<br />　そのときだった。若い妻はオレが引き金を引くギリギリ手前で舌の拘束をフッと解き、肛門に集中しかけた緊張がゆるんだ。すると決壊寸前だった射精の波がスーッと遠ざかった。<br />「二分経過！」<br />　どうやら若い妻はちんぽの根元を握り、微妙な収縮をとらえて射精の前兆を計っているようだ。波が引くと妻はふたたびせっせと顔を上下させた。吸引されるたびに亀頭がぐっとふくらむのがわかった。もう亀頭は敏感になりすぎていて、射精をこらえる留め金がなくなっている。だが若い妻は寸前で射精を止め、また吸引をくりかえした。<br />「あ、ああ」<br />　声を出したのはオレの方だった。それにしてもすごい舌技だった。もういつ出てもおかしくなかった。だがいくようでいかなかった。翔ぶ夢のように心地よく、落下する悪夢のように絶望的な快感だった。<br />　夜泣き屋さん。<br />　ふいに押し殺した税理士の声が響き、オレはギクンと顔を上げた。一瞬だがオレは完全に税理士の存在を忘れていたのだ。<br />　妻の口はすばらしいでしょう、税理士はそういって目を細めた。<br />　舌技も抜群にうまい。そのうえ惚れ惚れするほど美しい口腔をしているのです。<br />　いったい税理士はなにをいいたいのだろう。身悶えるオレに向かって抑揚のない声で続けた。<br />　なにしろ一本の虫歯もない。おまけに歯並びもいい。歯石もなく舌苔もない。わたしはその清潔で美しい口の中を磨いてやるのが好きでした。エナメル質に一点の汚れもつかないように。朝と晩に妻の歯を磨くのがわたしの日課であり歓びだったのです。<br />　税理士は薄い胸をふいごのように波打たせ笑っていた。異様だった。<br />「わたしが磨き続けたその口に、いま、あなたのペニスが入っている。妻の口がよだれを流して他人のペニスを舐めている」<br />　南雲クンが合いの手でも入れるように三分経過を告げた。<br />　オレを吸引する若い妻の口から空気が洩れ、ブブっと下品な音がたった。<br />「これはたまらない光景だな」<br />　税理士の荒い息と、若い妻の唇が放つ粘り気のある擦過音で、部屋の空気が息苦しいほど濃密になった。<br />　たまらないよ、まったく、税理士はそう叫ぶと絶句し、全身をわなわなと震わせて硬直した。細い首に幾筋もの血管を浮かべて踏ん張るその姿は、被弾しながら立ち上がろうとしている兵士のようだった。あるいは勃起したペニスそのものにもみえた。<br />　するとミルクさんが思わず身を乗り出し、がんばれ、と叫んだ。<br />　南雲クンが声を張り上げ、滝さんも怒鳴った。<br />「あと一分半！　たったの一分半です！」<br />「息を止めろ！　ここが山だ！　今が勝負だ！」<br />　従業員たちは一斉に税理士を励まし始めたが、オレを応援してくれる奴は誰もいなかった。そのときオレに注目していたのは税理士一人だった。税理士は血走った目をギラギラさせながらかすれ声でいった。<br />「入れてやってください、夜泣き屋さん」<br />　従業員が一斉にオレに視線を向け、若い妻も口からちんぽを抜いて顔を上げた。<br />「入れるんだ。突っ込むんだよ、妻に」<br />　もしかしたら税理士はその一線だけは越えて欲しくなかったのかもしれない。だが、たったいまジェルの中でギリギリの攻防を続けているちんぽが緊急命令を発しているのだ。税理士は泣いていた。<br />「早く、早くしてくれ。頼む！」<br />　若い妻がオレに向かって立てた膝をＭ字型に開いてゆく。淡い陰毛に囲まれたピンク色の性器がむき出しになった。<br />「早く、社長！」<br />「みてたってしょうがないでしょ。状況わかってるの！」<br />「入れろ。覆いかぶされ！」<br />　誰もが若い妻とオレとの結合を望んでいた。きっとこのとき初めてこの部屋にいる全員の気持ちがひとつになったのかもしれない。オレはようやくちんぽの先っぽにまで勇気が満ちあふれるのを感じ、妻のよく濡れた性器にカチカチなった先を当てた。<br />「四分三十秒！　残り一分！」<br />　そして息を詰め、女に沈めようとしたときだった。<br />　あら。下半身にある硬さの起点のようなものがフッと消えた。<br />　うそ。うそだよな。オレは起点を探して力んでみたがみつからない。身体の疼きからあっけらかんと裏切られたようなこの感じ。今までにも何度か経験がある。でも、まさかこんなときに。オレは何度も肛門をしぼってちんぽに血液を送りこんだ。が、手ごたえはさらに遠のいてゆく。従業員たちは焦れて怒鳴った。<br />「五分経過！　ちょっとどうしたんすか、社長！」<br />「さっさと決めろや、グズ！」<br />　オレはもうパニックだった。<br />　しかも悪い事に女は絞まりのいい名器だった。半端なちんぽは入口を突破できずにヌルっとすべった。もう結合に足る硬度がないのだ。なのにオレはあがいた。なんとか納めようと必死に手を添え腰を使った。ちんぽはひしゃげ、つぶれながらねかるんだ亀裂をすべりにすべった。オレはもう力の限り恥骨と恥骨をすり合わせているだけで、そこからピチピチと小魚が跳ねるような音がたった。その間の抜けた音とともに室内の高揚感も急速にしぼんでいった。<br />　五分十五秒。南雲クンがため息とともにいった。<br />　顔を上げると税理士の姿はもう数秒まえとは別人だった。枝から落ちる寸前の腐った果実のような土色の顔でうなだれてた。<br />　五分三十秒。<br />　ストップウォッチの金属音が響くと同時に、世界中の時間まで停止してしまったような気がした。実際、従業員たちは静止画のように動かなかった。<br />　すると滝さんがふいに顔を上げ、五分の段階まで成立していたならギリギリ形が残ってるかもしれない、といって税理士の股間に張り付いたバケツを剥がしにかかった。<br />　オレも祈るような気持ちで小座敷を飛び降り、従業員たちと一緒に凝固したジェルを確認した。<br />　だが、やはり形は残ってはいなかった。ジェルにはちんぽの最終形態、つまり五分三十秒直後のひしゃげた形状しか留めてはいなかった。<br />　すると従業員たちはやりきれない気持ちを口々にオレにぶつけた。<br />「癌の人があんなに頑張ったのに！」<br />「健康な野郎があのざまじゃな！」<br />「代わりにボクが絡めばよかった」<br />　だったらおまえがやってみろ、オレは思わず怒鳴りかけた。だが、きっと遺伝子かなにかに短小のフニャチンはこういうとき怒鳴りたくても怒鳴れない、という禁則システムが刻まれているのだと思う。オレは怒鳴る代わりに、<br />　すまん。<br />　とだけ呟き、そそくさ作業服と下着を取って逃げるように控室を出た。<br />　従業員たちによると、このあと税理士は従業員たちにチップまで手渡し、最後にこういい残して帰ったのだそうだ。<br />　夜泣き屋さんのせいではありません、責めないでやってください、と。<br />　以来、オレの口数は減った。<br /><br />　それから二度と税理士に会うことはなかった。<br />　だが税理士はあきらめていたわけではなかった。なんとそれからひと月後、しっかりちんぽの凹型を残したジェルが工場に送られてきたのである。<br />　添えられた手紙によると、税理士はあのあと知人の医療関係者を通じて、直接ちんぽに薬剤を注射して勃起させる方法を試したらしい。それがどういう薬物なのかは書かれてなかったが効果は絶大だった。ジェルには税理士の偉大さが見事に写し取られていた。<br />　税理士に残された時間は少ない。オレたちは作業に没頭し、その日の夕刻には記念すべき夜泣き屋のレプリカ一号機を完成させ、それを税理士の自宅に送った。<br /><br />　税理士の死を知ったのは、それからさらにふた月ほど経ったある日の午後のことだった。その日、新製品の打合せを終えたオレは、新宿駅であの若い妻とばったり再会したのである。<br />　税理士の直接の死因は急性肺炎だった。しかもそれは完成したレプリカを受け取って、わずか一週間後のことだったという。成り行きで入ってしまった喫茶店で若い妻は意外なくらいよくしゃべった。税理士との関係にについてあからさまに話せる相手など、オレ以外にいなかったからかもしれない。<br />「じつはわたし、夫以外にもお付き合いしていた男性がいたんです」<br />　若い妻の告白にもオレはさして驚かなかった。その不倫相手は妻が通っているゴルフ倶楽部のコーチで税理士も二人の関係を知っていたのだという。それは若い妻が税理士に不倫相手と一緒になりたいと切り出したからなのだが、そのときすでに癌告知を受けていた税理士は、どうせ永くはないのだから一緒にいてくれ、と泣きながら若い妻に頼んだらしい。<br />「それからなんです。夫があんなにレプリカにこだわり始めたのは」<br />　死を目前にした税理士が自分の唯一の自慢を遺したくなった気持ちはオレにもなんとなくわかった。だが、若い妻にしてみれば迷惑このうえない話だった。別れたいと思っている男のちんぽなど遺されても処分に困るだけだ。<br />「でもね。いまはちょっとあの人に感謝してるの」<br />　若い妻は吹きだしながら、酔った勢いでその彼氏と喧嘩をしたときなんだけど、と前置きしていった。<br />「そのとき、わたし、なんでだろう。彼氏にあのレプリカを突きつけてこういったの。これは死んだ主人の形見よって。実物とまったく同じレプリカなのよって」　<br />「それで、彼は？」<br />「男は大きさじゃないって」<br />「テクだと」<br />「そう！　よくわかりますね。テクだといったの！」<br />　若い妻は嬉しそうにいったが、あの偉大な形見をまえにいえるセリフは限られている。オレは少しだけそのコーチに同情した。<br />「だからわたし、あのレプリカを枕元に置いて彼にこういってやったの。だったらテクだという証拠をみせてよ。この形見のまえで実証してよって」<br />「それで？」<br />　勢い込んでオレが聞くと、若い妻はそのコーチの愛撫を思い出したように急に照れた。つまり置物として役にたつことがあるんです、といって意味もなくアハハと笑い赤くなった顔を手であおいだ。そのとき若い妻の携帯が鳴った。<br />　メールを確認する若い妻を見ながら、メール相手はそのゴルフコーチで、コーチは早く若い妻とやりたがっていて、若い妻もメールを読みながらジワジワ濡れ始めているのだとオレは思った。予想通り、じゃあそろそろ、と若い妻はあっさり立ち上がった。<br />　ちょっと待って。<br />　思わずオレはいった。<br />　おそらくもうこの女と逢うこともないだろう。別れるまえにひとつだけ確認しておきたいことがあった。<br />「あの形見はやはり置物として使っているだけなんですか？」<br />　きょとんとした若い妻に向かってオレは別の言い方でこう尋ねた。<br />　一人のときは使わないのですか、と。<br />　やがてオレを見つめていた若い妻の顔に不思議な笑みが浮かんだ。<br />「ときどき使っています」<br />　若い妻はこういい残して喫茶店を出た。<br />　彼女の後姿が雑踏に消えたあともしばらく席を立てなかった。オレは不倫相手のコーチではなくボロボロになって死んだあの税理士に嫉妬し、痛いくらいに勃起していた。そして喫茶店の壁にかかった時計をみていた。<br />　なぜだろう。そのときオレは息を殺し五分三十秒を計っていた。<br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br /><br /><br /> 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<dc:subject>官能小説</dc:subject>
<dc:date>2007-10-22T09:59:35+09:00</dc:date>
<dc:creator>月見野ぼっち</dc:creator>
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